むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

31、若菜(下) ②

2024年02月18日 08時26分05秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・柏木は少年の頃から、
朱雀院の帝のご寵愛を頂いて、
おそばで仕えていた。

院が出家なさって、
山へお籠りになってのちは、
御子の東宮御殿へも、
親しく参上して仕えていた。

東宮御殿へ出かけて、

「六條院でかいまみた、
美人猫はどこにいるのです?」

といって、
たくさんの猫の中から、
例の唐猫を見つけ出した。

東宮も、

「ほんとに可愛いね。
しかし人見知りしているのか、
なつかないよ。
あなたは格別に可愛いといったが、
ここにいる猫も、
見劣りはしないよ」

と仰せられた。

「猫の人見知りというのも、
あるのでしょうか。
そんなこともあるのかも知れません。
私に当分、
おあずけ下さいまし」

青年は首尾よく、
猫を抱いて帰ることが出来た。

(ああ、とうとう、
お前はそばに来てくれたね)

やっとのことで手に入れた猫に、
青年は抱いて頬ずりをする。

人になつかなかった猫も、
いつかよく馴れて、
青年の衣の裾にまつわり、
体をすり寄せ、
じゃれるのであった。

柏木は心から、
可愛いと思った。

猫を抱き上げて、
そのやわらかな手ざわりを、
いとしみながら、
女三の宮の身代わりのように、
猫を思う。

女房たちは、

「ふしぎね。
どうなすったのでしょう。
これまで猫なんて、
見向きもなさらなかったのに」

と不審がっている。

東宮から「猫を」と、
仰せられてもお返ししないで、
手もとから離さず、
青年は猫にうちこんでいた。

さて、
かの髭黒の大将が、
前夫人とのあいだに生した、
真木柱の姫君も、
婿選びする年ごろとなった。

大将は今は、
前夫人とは全く縁が切れて、
玉蔓をこよなく大切にしていた。

玉蔓は、
男の子ばかり産んでいるので、
大将は姫君を引き取って、
世話したいのだが、
祖父の式部卿の宮が、
許可されない。

式部卿の宮は、
世間の信望あつく、
主上(冷泉帝)の御伯父、
(主上の母宮、藤壺の宮の兄君)
に当たらせられることとて、
ご信頼は深い。

また髭黒の大将も、
東宮の御伯父に当たり、
次代の実力者である。

真木柱の姫君は、
父君も祖父君も、
重々しい方なので、
縁談はひっきりなしにあった。

「柏木が求婚をほのめかせば」

と祖父君などは、
柏木を第一の候補者に、
考えていらしたが、
青年の方は美しい姫君より、
今のところ、
猫のほうがよいと見えて、
縁談など思いも染めぬようである。

真木柱の姫君は、
実の母君が物狂いで、
廃人のようになっているのを、
悲しく思いつつも、
継母の玉蔓にあこがれていた。






          


(次回へ)

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