・柏木は少年の頃から、
朱雀院の帝のご寵愛を頂いて、
おそばで仕えていた。
院が出家なさって、
山へお籠りになってのちは、
御子の東宮御殿へも、
親しく参上して仕えていた。
東宮御殿へ出かけて、
「六條院でかいまみた、
美人猫はどこにいるのです?」
といって、
たくさんの猫の中から、
例の唐猫を見つけ出した。
東宮も、
「ほんとに可愛いね。
しかし人見知りしているのか、
なつかないよ。
あなたは格別に可愛いといったが、
ここにいる猫も、
見劣りはしないよ」
と仰せられた。
「猫の人見知りというのも、
あるのでしょうか。
そんなこともあるのかも知れません。
私に当分、
おあずけ下さいまし」
青年は首尾よく、
猫を抱いて帰ることが出来た。
(ああ、とうとう、
お前はそばに来てくれたね)
やっとのことで手に入れた猫に、
青年は抱いて頬ずりをする。
人になつかなかった猫も、
いつかよく馴れて、
青年の衣の裾にまつわり、
体をすり寄せ、
じゃれるのであった。
柏木は心から、
可愛いと思った。
猫を抱き上げて、
そのやわらかな手ざわりを、
いとしみながら、
女三の宮の身代わりのように、
猫を思う。
女房たちは、
「ふしぎね。
どうなすったのでしょう。
これまで猫なんて、
見向きもなさらなかったのに」
と不審がっている。
東宮から「猫を」と、
仰せられてもお返ししないで、
手もとから離さず、
青年は猫にうちこんでいた。
さて、
かの髭黒の大将が、
前夫人とのあいだに生した、
真木柱の姫君も、
婿選びする年ごろとなった。
大将は今は、
前夫人とは全く縁が切れて、
玉蔓をこよなく大切にしていた。
玉蔓は、
男の子ばかり産んでいるので、
大将は姫君を引き取って、
世話したいのだが、
祖父の式部卿の宮が、
許可されない。
式部卿の宮は、
世間の信望あつく、
主上(冷泉帝)の御伯父、
(主上の母宮、藤壺の宮の兄君)
に当たらせられることとて、
ご信頼は深い。
また髭黒の大将も、
東宮の御伯父に当たり、
次代の実力者である。
真木柱の姫君は、
父君も祖父君も、
重々しい方なので、
縁談はひっきりなしにあった。
「柏木が求婚をほのめかせば」
と祖父君などは、
柏木を第一の候補者に、
考えていらしたが、
青年の方は美しい姫君より、
今のところ、
猫のほうがよいと見えて、
縁談など思いも染めぬようである。
真木柱の姫君は、
実の母君が物狂いで、
廃人のようになっているのを、
悲しく思いつつも、
継母の玉蔓にあこがれていた。
(次回へ)