むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

19、少女 ⑦

2023年11月23日 09時02分13秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・大宮は、
孫たちのために心を痛めていらしたが、
とりわけ夕霧の方に強い愛情を、
お持ちになっていらっしゃるせいか、

(いつの間に、
大人びた恋を覚えたのかしら、あの子は)

とほほえましく可愛く、
お思いにならぬでもなかった。

それゆえ、息子の内大臣が、
思いやりなく、
とんでもない過失のように言い立てるのを、

(そうも叱ることがあろうか)

と反発された。

(元々、内大臣は、
この姫を可愛がっていられなかった。
私が大事に育てているのを見て、
東宮妃に、と思いつかれたのだろう。
それが叶わずに、ただ人に縁組させるとしたら、
夕霧よりほかに立派な婿がいるだろうか。
夕霧なら、みめかたちといい、
ありさまといい、
この姫よりもっと身分の高い姫、
内親王さまと結婚してもいいくらいなのに・・・)

大宮は、夕霧贔屓のあまり、
そんなことまで考えられて、
内大臣を恨めしく思っていられた。

こんなに騒がれているとも知らず、
夕霧は大宮のもとにやってきた。

先夜、人目が多くて、
雲井雁とゆっくり話も出来なかったので、
少女恋しさに堪えられず、
夕方にやってきた。

大宮は、いつもなら夕霧を見るなり、
たいそうご機嫌で、迎えられるのに、
今夜は真面目なお顔で話される。

「あなたのことで、
内大臣が私をお恨みになるので困ります。
慣れ親しんだ仲で、
いつとはなく、というのは、
だらしない印象を世間に与えて、
よく言われぬもの。
そのへんのところを、
ようく考えて慎重にして下さるべきでした。
私の立場がなくなって困りました。
こんなこと、
おばあちゃまの身としても、
あなたの耳に入れたくなかったのですが、
事情を全く知らないというのも、
と思って言うのです」

とおっしゃると、
夕霧も気が咎めることなので、
すぐわかって、さっと赤くなった。

「何のことでしょう?
二條院の勉強部屋にこもってから、
誰とも会いませんので、
伯父上のご機嫌を損じるようなことは、
ないはずと思いますが」

と言いつくろいながら、
正直な少年はなお赤くなって、
羞恥に堪えない様子。

大宮は少年がしみじみと、
いとしくあわれに思われて、

「これからは気をおつけなさい」

とだけ言われた。

今までよりもっと、
手紙を交わすことも難しくなるだろうと思うと、
少年は悲しかった。

少年は人と会うのが恥ずかしかった。

自分と雲井雁との秘め事が、
白日のもとにさらされて、
みなが自分を指さしているように思われた。

少女に手紙を書いたが、
取り次ぎ役の姫君の乳母の子・小侍従にも会えず、
姫君の部屋へ行くことも出来ず、
胸を痛めていた。

姫君の方は、無邪気であったが、
父大臣に叱られたり、
乳母たちに騒がれたりするのを、
恥ずかしく思うだけで、
自分や夕霧の将来のことなどは、
考えていなかった。

少年とのことを、
大人たちがこんなに大さわぎするとは、
思いも染めなかった。

少女は可愛らしい様子で、
きょとんとしている。

乳母たちは、
夕霧のことを悪くいうが、
少女は内心、

(ちがうわ・・・
あの人はいい人だわ。
みんなが悪くいうような、
いやな人じゃないわ)

と思っていた。

(あたしは好きだわ・・・夕霧が好き)

と思っていたが、
乳母たちが厳しく姫君を叱るので、
手紙を書くことも出来なかった。

大人の恋人たちなら、
ぬかりなく機会を作るだろうが、
少年も少女もまだ分別も幼く、
力はなかった。

ただ双方ひそかに、
恋しく思い、
仲を裂かれたのを悲しむばかりであった。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 19、少女 ⑥ | トップ | 19、少女 ⑧ »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事