・大宮は、
孫たちのために心を痛めていらしたが、
とりわけ夕霧の方に強い愛情を、
お持ちになっていらっしゃるせいか、
(いつの間に、
大人びた恋を覚えたのかしら、あの子は)
とほほえましく可愛く、
お思いにならぬでもなかった。
それゆえ、息子の内大臣が、
思いやりなく、
とんでもない過失のように言い立てるのを、
(そうも叱ることがあろうか)
と反発された。
(元々、内大臣は、
この姫を可愛がっていられなかった。
私が大事に育てているのを見て、
東宮妃に、と思いつかれたのだろう。
それが叶わずに、ただ人に縁組させるとしたら、
夕霧よりほかに立派な婿がいるだろうか。
夕霧なら、みめかたちといい、
ありさまといい、
この姫よりもっと身分の高い姫、
内親王さまと結婚してもいいくらいなのに・・・)
大宮は、夕霧贔屓のあまり、
そんなことまで考えられて、
内大臣を恨めしく思っていられた。
こんなに騒がれているとも知らず、
夕霧は大宮のもとにやってきた。
先夜、人目が多くて、
雲井雁とゆっくり話も出来なかったので、
少女恋しさに堪えられず、
夕方にやってきた。
大宮は、いつもなら夕霧を見るなり、
たいそうご機嫌で、迎えられるのに、
今夜は真面目なお顔で話される。
「あなたのことで、
内大臣が私をお恨みになるので困ります。
慣れ親しんだ仲で、
いつとはなく、というのは、
だらしない印象を世間に与えて、
よく言われぬもの。
そのへんのところを、
ようく考えて慎重にして下さるべきでした。
私の立場がなくなって困りました。
こんなこと、
おばあちゃまの身としても、
あなたの耳に入れたくなかったのですが、
事情を全く知らないというのも、
と思って言うのです」
とおっしゃると、
夕霧も気が咎めることなので、
すぐわかって、さっと赤くなった。
「何のことでしょう?
二條院の勉強部屋にこもってから、
誰とも会いませんので、
伯父上のご機嫌を損じるようなことは、
ないはずと思いますが」
と言いつくろいながら、
正直な少年はなお赤くなって、
羞恥に堪えない様子。
大宮は少年がしみじみと、
いとしくあわれに思われて、
「これからは気をおつけなさい」
とだけ言われた。
今までよりもっと、
手紙を交わすことも難しくなるだろうと思うと、
少年は悲しかった。
少年は人と会うのが恥ずかしかった。
自分と雲井雁との秘め事が、
白日のもとにさらされて、
みなが自分を指さしているように思われた。
少女に手紙を書いたが、
取り次ぎ役の姫君の乳母の子・小侍従にも会えず、
姫君の部屋へ行くことも出来ず、
胸を痛めていた。
姫君の方は、無邪気であったが、
父大臣に叱られたり、
乳母たちに騒がれたりするのを、
恥ずかしく思うだけで、
自分や夕霧の将来のことなどは、
考えていなかった。
少年とのことを、
大人たちがこんなに大さわぎするとは、
思いも染めなかった。
少女は可愛らしい様子で、
きょとんとしている。
乳母たちは、
夕霧のことを悪くいうが、
少女は内心、
(ちがうわ・・・
あの人はいい人だわ。
みんなが悪くいうような、
いやな人じゃないわ)
と思っていた。
(あたしは好きだわ・・・夕霧が好き)
と思っていたが、
乳母たちが厳しく姫君を叱るので、
手紙を書くことも出来なかった。
大人の恋人たちなら、
ぬかりなく機会を作るだろうが、
少年も少女もまだ分別も幼く、
力はなかった。
ただ双方ひそかに、
恋しく思い、
仲を裂かれたのを悲しむばかりであった。
(次回へ)