むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

19、少女 ⑥

2023年11月22日 09時03分23秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・二日ほどして、
内大臣は大宮を訪れた。

こんな風にたびたび訪れると、
大宮もご機嫌よろしく、お嬉しそう。

尼そぎの額髪をかきつくろい、
綺麗な小袿をお召しになっていた。

しかし、内大臣は機嫌が悪かった。  

「不甲斐ない息子の私ですが、
生きている限りは、
絶えず母上をお見舞いし、
お淋しくさせるまいと気を使ってきました。
それなのに、
けしからぬ娘のために、
母上をお怨みするようなことになってしまいました。
申し上げたくはなかったのですが、
やはり、申し上げずにはいられませんので」

内大臣は悔しさで声も震えた。

大宮は驚かれ、お顔の色も変った。
お目を大きく見張られて、

「一体、どういうことですか、
なぜこんな年寄りの私に怨みごとなど、
おっしゃるのです?」

内大臣はあえて言った。

「私は、
母上を信頼して娘をお預けしました。
私はあの姫を、小さい時から世話しませんで、
手もとの女御の姫の世話にかまけておりましたが、
何といっても母上にお預けしておけば、
立派に成人させて下さるだろうと、
頼みにしていたのでございます。
それが、こんな思いがけぬことになって、
全く残念でなりませぬ。
まあ、夕霧は学問もよくでき、
よい人物でありますが、
一つ家で育った者同士の結婚は、
あまりにも軽々しすぎます。
身分低き者も、
いとこ同士の縁組は避けるのが習い、
結婚というものは、
血筋離れた家の、
立派な家庭へ華やかに迎えられ、
婿としてもてはやされてこそ、
男として幸福なのです。
血つづきの者が、
親しみ馴れているうちに、
いつか一緒になった、
というのは世間体もよくありません。
源氏の大臣も、
お聞きになったら、
きっと、いい気はなさらぬでしょう。
母上が、こういうことがあると、
そっとお話下さっていたら、
こちらもそのつもりで、
多少は改まった扱いをして、
世間が見ても見よいような、
形式をととのえてやることができたのです。
それを、年端もゆかぬ者たちのするに任せ、
捨てておかれたのが、
私は心外でなりません」

大宮は呆れて、びっくりされた。
夢にもご存じないことであった。

「それが本当なら、
おっしゃることも尤もだけれど、
私は夢にも二人のことは知りませんでした。
くやしい、心外な、というのは、
あなたより、私の方こそですのに、
私にまで罪をきせられるのは、
恨めしく思います」

大宮は涙を拭いていらした。

「あの姫をお預かりしてから、
くまなく気をくばって育てたつもりです。
どうかして人よりすぐれた姫君に育てようと、
心こめて丹精しました。
まだ分別もつかぬ幼いものを、
孫可愛さに急いで結婚させようなどとは、
思いもよらぬことです。
それにしても、誰がこんなことを、
お耳に入れたのでしょう。
無責任な噂をおおげさにとりあげて、
事を大きくなさっては、
もし根も葉もないことだったら、 
姫君の名に傷がつきます」

とおっしゃった。

内大臣は、

「根も葉もないことではありません。
女房たちは陰で笑っているのです。
格好が悪いやらくやしいやら、
私は煮えかえる思いです」

といって帰った。

事情を知っている女房たちは、
大宮も内大臣もお気の毒に思った。

あの夜、
内緒話を内大臣に聞かれた人々は、
責任を感じて、深く後悔していた。

雲井雁は、
自分のしたことの意味もわからず、
無邪気に愛らしいさまだった。

部屋をのぞいた内大臣は、
憂鬱になった。

内大臣は乳母たちを責める。
乳母たちは弁解がましい嘆きを洩らす。

「まあ、よい。
このことはしばらく秘密にしておこう。
どうせ隠しおおせることでもないんだろうが、
せめて、何もなかったように、
いいつくろってくれ。
そのうち、姫を私の邸に引き取ろう。
大宮がもう少し注意をして下されば、
とつくづく思う」

と内大臣はいった。

乳母たちは、
非難の鉾先が大宮に向けられたのに、
ほっとしていった。

「若君がどんなにご立派でも、
ただの臣下です。
私どもはもっと上のご身分と、
姫君がご縁組みあそばすように、
お祈りしておりました」

姫君は無邪気に、
幼げに、しょんぼりしていた。

父の内大臣がいろいろ言って聞かせても、
通じないで、
なぜそう叱られるのかと、
いいたげであった。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 19、少女 ⑤ | トップ | 19、少女 ⑦ »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事