・二日ほどして、
内大臣は大宮を訪れた。
こんな風にたびたび訪れると、
大宮もご機嫌よろしく、お嬉しそう。
尼そぎの額髪をかきつくろい、
綺麗な小袿をお召しになっていた。
しかし、内大臣は機嫌が悪かった。
「不甲斐ない息子の私ですが、
生きている限りは、
絶えず母上をお見舞いし、
お淋しくさせるまいと気を使ってきました。
それなのに、
けしからぬ娘のために、
母上をお怨みするようなことになってしまいました。
申し上げたくはなかったのですが、
やはり、申し上げずにはいられませんので」
内大臣は悔しさで声も震えた。
大宮は驚かれ、お顔の色も変った。
お目を大きく見張られて、
「一体、どういうことですか、
なぜこんな年寄りの私に怨みごとなど、
おっしゃるのです?」
内大臣はあえて言った。
「私は、
母上を信頼して娘をお預けしました。
私はあの姫を、小さい時から世話しませんで、
手もとの女御の姫の世話にかまけておりましたが、
何といっても母上にお預けしておけば、
立派に成人させて下さるだろうと、
頼みにしていたのでございます。
それが、こんな思いがけぬことになって、
全く残念でなりませぬ。
まあ、夕霧は学問もよくでき、
よい人物でありますが、
一つ家で育った者同士の結婚は、
あまりにも軽々しすぎます。
身分低き者も、
いとこ同士の縁組は避けるのが習い、
結婚というものは、
血筋離れた家の、
立派な家庭へ華やかに迎えられ、
婿としてもてはやされてこそ、
男として幸福なのです。
血つづきの者が、
親しみ馴れているうちに、
いつか一緒になった、
というのは世間体もよくありません。
源氏の大臣も、
お聞きになったら、
きっと、いい気はなさらぬでしょう。
母上が、こういうことがあると、
そっとお話下さっていたら、
こちらもそのつもりで、
多少は改まった扱いをして、
世間が見ても見よいような、
形式をととのえてやることができたのです。
それを、年端もゆかぬ者たちのするに任せ、
捨てておかれたのが、
私は心外でなりません」
大宮は呆れて、びっくりされた。
夢にもご存じないことであった。
「それが本当なら、
おっしゃることも尤もだけれど、
私は夢にも二人のことは知りませんでした。
くやしい、心外な、というのは、
あなたより、私の方こそですのに、
私にまで罪をきせられるのは、
恨めしく思います」
大宮は涙を拭いていらした。
「あの姫をお預かりしてから、
くまなく気をくばって育てたつもりです。
どうかして人よりすぐれた姫君に育てようと、
心こめて丹精しました。
まだ分別もつかぬ幼いものを、
孫可愛さに急いで結婚させようなどとは、
思いもよらぬことです。
それにしても、誰がこんなことを、
お耳に入れたのでしょう。
無責任な噂をおおげさにとりあげて、
事を大きくなさっては、
もし根も葉もないことだったら、
姫君の名に傷がつきます」
とおっしゃった。
内大臣は、
「根も葉もないことではありません。
女房たちは陰で笑っているのです。
格好が悪いやらくやしいやら、
私は煮えかえる思いです」
といって帰った。
事情を知っている女房たちは、
大宮も内大臣もお気の毒に思った。
あの夜、
内緒話を内大臣に聞かれた人々は、
責任を感じて、深く後悔していた。
雲井雁は、
自分のしたことの意味もわからず、
無邪気に愛らしいさまだった。
部屋をのぞいた内大臣は、
憂鬱になった。
内大臣は乳母たちを責める。
乳母たちは弁解がましい嘆きを洩らす。
「まあ、よい。
このことはしばらく秘密にしておこう。
どうせ隠しおおせることでもないんだろうが、
せめて、何もなかったように、
いいつくろってくれ。
そのうち、姫を私の邸に引き取ろう。
大宮がもう少し注意をして下されば、
とつくづく思う」
と内大臣はいった。
乳母たちは、
非難の鉾先が大宮に向けられたのに、
ほっとしていった。
「若君がどんなにご立派でも、
ただの臣下です。
私どもはもっと上のご身分と、
姫君がご縁組みあそばすように、
お祈りしておりました」
姫君は無邪気に、
幼げに、しょんぼりしていた。
父の内大臣がいろいろ言って聞かせても、
通じないで、
なぜそう叱られるのかと、
いいたげであった。
(次回へ)