・源氏は女三の宮を見ると、
反射的に柏木衛門督が思われる。
何か邸で催しのあるときは、
必ず呼んで相手にしていたが、
この頃は絶えて便りもしない。
人は怪しく思うだろうが、
顔を見るのもいやだった。
柏木と面と向かえば、
どうしても動揺は抑えられない。
だから、ずいぶん長く、
柏木が邸へ出入りしないのも、
うち捨てていた。
世間の人は、
柏木が病中でもあり、
また六條邸でも病人を抱えて、
しばらくは催し事はないだろう、
と、特に不審は、
持っていなかった。
ただ、源氏の長男、
夕霧の大将のみは、
(何かあるな・・・)
といぶかしんだ。
(あの蹴鞠の日以来、
柏木は変ってしまった。
もしかすると・・・)
と思っていたが、
その夕霧でさえ、
まさかあの一件が源氏に、
露顕してしまっているとは、
思いも染めないのであった。
十二月になった。
宮の父院、朱雀院の、
五十の御賀は十日過ぎと、
決められた。
六條院では、
舞の練習におおさわぎである。
紫の上は二條院で、
養生していたのだが、
この試楽が聞きたくて、
六條院へ帰ってきた。
明石の女御も、
お里帰りなさる。
女御の君に、
こんどお出来になったのは、
また男御子であった。
次々に美しい若宮が、
お生まれになって源氏も嬉しい。
試楽には右大臣の北の方、
玉蔓も六條院へ来た。
こういう席に柏木を呼ばないのは、
淋しく、催しも引き立たなく、
栄えない。
柏木はこんな席には、
欠かせぬ風流な趣味人として、
有名である。
人もあやしむであろうと、
源氏は招待したが、
断ってきた。
どこが特に悪い、
という病気ではないが、
自分の前には出て来られない、
せいであろうと思うと、
さすがに青年が哀れで、
もう一度、
丁寧な招待状を送った。
柏木の父の大臣も、
「どうしてご辞退したのだ。
そんなに重病、
というほどでもないし、
元気を出してぜひ伺うように」
とすすめた。
柏木は苦しい心を抱き、
六條院へ行った。
源氏はいつもと同じように、
御簾の中に柏木を招いた。
なるほど、
病気というのはまことらしく、
ひどく痩せている。
顔色は青ざめ、
今日はいっそう沈んでいる。
品のよい青年で、
これなら、
内親王の婿君としても、
恥ずかしくないようなものの、
しかし、
道ならぬ恋のうしろ暗さだけは、
許し難いと源氏は思う。
だが、源氏は、
やさしくいう。
「ずいぶん久しぶりだね。
私も長いこと、
病人の世話に追われていてね。
院の御賀をなさる計画が、
延びてしまいました。
御賀というと、
大げさなようだが、
わが家に生いでた一族の、
小さい子供たちの舞でも、
ご覧に入れようと思って。
その拍子を調えるのは、
あなたをおいてないものだから、
お願いした次第です」
柏木は、
顔色も変わる気がして、
とみに返事もできなかった。
「持病の脚気で、
寝込んでいました。
長居いこと失礼して、
ご病人のお見舞いも、
いたしませず・・・
朱雀院の五十の御賀は、
ご恩も蒙っていますので、
父にすすめられ、
病をおして参上しました。
院は俗世を離れて、
仰々しい御儀式は、
お望みではないように、
思われます。
それより心静かに、
積もるお話でもなさりたいようで、
内輪に略式になさる方が、
お心に叶いましょう」
柏木は、
やっとのことで意見を言った。
柏木は、
楽人や舞人の装束に、
趣向をこらし、
さまざまな工夫を加えて、
洗練された趣味で、
全体の宴の雰囲気を調えた。
柏木のような、
趣味人でなければ、
出来ないことなのである。
宴もたけなわのころ、
青年は気分が悪くなって、
堪えられないので、
そっと退出した。
だが、彼の体調の異変は、
一時的ではなかった。
そのまま引き続いて、
柏木は寝込んでしまった。
(次回へ)