・薄い鈍色の喪服を身にまとい、
玉蔓は夕暮れの空をながめていた。
かの裳着式のあと、
三條の大宮はついにみまかられた。
実の祖母宮であったから、
玉蔓も喪に服したのだった。
それとなく、ひっそりと・・・
まだ世間には、
内大臣の実の姫君と公表していなかったから。
夏はあわただしく過ぎ、
秋を迎えた。
やがて喪が明ければ、
宮仕えのときが来る。
玉蔓は、
一日一日と憂愁の度を深める。
後宮で多くの女人にまじっての生活は、
どんなに心労の多いものであろう。
さればとて、
いつまでもこの六条院に、
いるわけにもいかない。
源氏はいまもなお、
あからさまに玉蔓に言い寄り、
世間も、
二人の仲を怪しみ出しているらしい。
実の父の内大臣も、
源氏に遠慮して、
わが邸に引き取るとは、
いい出しかねている。
玉蔓には相談すべき女親も姉妹もいなかった。
聡明なだけに、
却って思い乱れることが多かった。
秋の夕空をながめながら、
ため息をついた。
そこへ夕霧の中将が、
父、源氏の使いで来た。
これも鈍色の、
玉蔓よりやや色濃い直衣の喪服姿。
なまめかしくも清らかな美青年である。
かねて姉弟の扱いをしていたから、
従姉ということがわかっても、
急に態度を変えるのはおかしい。
玉蔓は、
御簾や几帳をへだてて、
人づてではなく直接、
言葉を交わす。
夕霧の使いは、
宮仕えを促される主上の仰せを、
ことづてたのであった。
玉蔓の要領のよい、
それでいて女らしいもの柔かな返事、
やさしい態度を見ると、
このひとを競争相手の多い御所へやって、
苦労させたくない気がする。
姉だと思ったから自制していたが、
今は熱い恋心があふれてくるのを、
青年は自覚している。
「主上はあなたが宮中へ上がられるのを、
待ちかねていられます。
あなたに対する主上の御恋慕と御関心は、
ただならぬものがあります。
主上の御寵愛はかたじけないことですが、
中宮や女御がたの関係もあり、
その点はくれぐれもお心遣いが肝要、
と父も心配しております」
それは実は、
青年自身が伝えたいことなのだった。
彼は野分の日にかいま見た、
この美しいひとを、
後宮に奪われるのは堪えられない思いだった。
玉蔓は、
返事の言葉も出ず、
忍びやかにため息をつく。
「喪服もいよいよ脱がねばなりません。
十三日は日がいいので、
除腹のお祓に賀茂の河原へおいでになるのがよい、
と父が申しております。
私もお供します」
「ご一緒では人目に立ちます。
なるべくそっとしとうございます」
「どうしてです?
同じ三條のおばちゃまの、
孫同士ではありませんか」
夕霧は、
見事な藤袴のひともとを抱えてきていた。
それを御簾の下から差し入れて、
「従姉弟の縁につながる私たち、
同じ喪服の藤ごろもを着る仲です。
お疎みなさるな」
玉蔓は、
夕霧がいつまでも藤袴を離さず、
差し入れたままなので、
しかたなくそれを手に取ろうとした。
と、青年はすばやく玉蔓の手を捉えた。
「あ」
玉蔓を声をたてた。そして、
「ふかいご縁ではございませんのに、
この藤袴の花の薄紫に似て、
薄い遠いつながりがあるばかりです・・・」
するりと、
花と共に、
玉蔓の小さい手は青年の手から消えた。
「お気を損ねましたか。
実は私は、主上に嫉妬しているのです。
畏れ多いことですが。
あなたを宮中へも、
他の誰にもやりたくないのです。
永遠に私の美しき姉上として、
あがめていたいのです」
玉蔓は、
(まあ、面倒な・・・)
と思ったが、
「お許し下さいまし。
わたくし、気分が悪くなりまして」
と奥へ入ってしまった。
(次回へ)