むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

25、藤袴 ①

2024年01月01日 11時46分45秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・薄い鈍色の喪服を身にまとい、
玉蔓は夕暮れの空をながめていた。

かの裳着式のあと、
三條の大宮はついにみまかられた。

実の祖母宮であったから、
玉蔓も喪に服したのだった。

それとなく、ひっそりと・・・

まだ世間には、
内大臣の実の姫君と公表していなかったから。

夏はあわただしく過ぎ、
秋を迎えた。

やがて喪が明ければ、
宮仕えのときが来る。

玉蔓は、
一日一日と憂愁の度を深める。

後宮で多くの女人にまじっての生活は、
どんなに心労の多いものであろう。

さればとて、
いつまでもこの六条院に、
いるわけにもいかない。

源氏はいまもなお、
あからさまに玉蔓に言い寄り、
世間も、
二人の仲を怪しみ出しているらしい。

実の父の内大臣も、
源氏に遠慮して、
わが邸に引き取るとは、
いい出しかねている。

玉蔓には相談すべき女親も姉妹もいなかった。

聡明なだけに、
却って思い乱れることが多かった。

秋の夕空をながめながら、
ため息をついた。

そこへ夕霧の中将が、
父、源氏の使いで来た。

これも鈍色の、
玉蔓よりやや色濃い直衣の喪服姿。

なまめかしくも清らかな美青年である。

かねて姉弟の扱いをしていたから、
従姉ということがわかっても、
急に態度を変えるのはおかしい。

玉蔓は、
御簾や几帳をへだてて、
人づてではなく直接、
言葉を交わす。

夕霧の使いは、
宮仕えを促される主上の仰せを、
ことづてたのであった。

玉蔓の要領のよい、
それでいて女らしいもの柔かな返事、
やさしい態度を見ると、
このひとを競争相手の多い御所へやって、
苦労させたくない気がする。

姉だと思ったから自制していたが、
今は熱い恋心があふれてくるのを、
青年は自覚している。

「主上はあなたが宮中へ上がられるのを、
待ちかねていられます。
あなたに対する主上の御恋慕と御関心は、
ただならぬものがあります。
主上の御寵愛はかたじけないことですが、
中宮や女御がたの関係もあり、
その点はくれぐれもお心遣いが肝要、
と父も心配しております」

それは実は、
青年自身が伝えたいことなのだった。

彼は野分の日にかいま見た、
この美しいひとを、
後宮に奪われるのは堪えられない思いだった。

玉蔓は、
返事の言葉も出ず、
忍びやかにため息をつく。

「喪服もいよいよ脱がねばなりません。
十三日は日がいいので、
除腹のお祓に賀茂の河原へおいでになるのがよい、
と父が申しております。
私もお供します」

「ご一緒では人目に立ちます。
なるべくそっとしとうございます」

「どうしてです?
同じ三條のおばちゃまの、
孫同士ではありませんか」

夕霧は、
見事な藤袴のひともとを抱えてきていた。

それを御簾の下から差し入れて、

「従姉弟の縁につながる私たち、
同じ喪服の藤ごろもを着る仲です。
お疎みなさるな」

玉蔓は、
夕霧がいつまでも藤袴を離さず、
差し入れたままなので、
しかたなくそれを手に取ろうとした。

と、青年はすばやく玉蔓の手を捉えた。

「あ」

玉蔓を声をたてた。そして、

「ふかいご縁ではございませんのに、
この藤袴の花の薄紫に似て、
薄い遠いつながりがあるばかりです・・・」

するりと、
花と共に、
玉蔓の小さい手は青年の手から消えた。

「お気を損ねましたか。
実は私は、主上に嫉妬しているのです。
畏れ多いことですが。
あなたを宮中へも、
他の誰にもやりたくないのです。
永遠に私の美しき姉上として、
あがめていたいのです」

玉蔓は、

(まあ、面倒な・・・)

と思ったが、

「お許し下さいまし。
わたくし、気分が悪くなりまして」

と奥へ入ってしまった。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新年おめでとうございます | トップ | 25、藤袴 ② »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事