・夕霧の中将は、
源氏に玉蔓の返事を伝えた。
「やはり、
宮仕えは気がすすまぬようだな」
源氏はいった。
「そのようでございます。
それに兵部卿の宮も、
どう思し召すでしょう。
あんなに熱心に求婚なさっているのをさしおいて、
ということになると、
お気を悪くなさいませんか」
「むつかしいところだ。
私の一存で決められないのに、
髭黒の大将まで私を恨んでいるそうだ。
結婚するとすれば兵部卿の宮の北の方が、
ふさわしいかもしれぬ。
あの、もっさりした髭黒よりも」
「内大臣は、
内々で髭黒の大将に許可なさったそうです」
夕霧は思い切っていった。
「六条院には、
歴々の夫人方が揃っていられる。
そこへ玉蔓を加えるのは具合悪いので、
内大臣の姫という身分を明かし、
表向きは宮仕えという名目で、
誰とも結婚させず自分のものになさる、
と感心していられるそうです」
「それこそ、
邪推というものだ。
私があの姫を引き取って育てたのは、
あの姫の母なる人への愛情からだ。
愛したひとの忘れ形見だったからだ」
夕霧は、
薄く笑っている父の真意を、
はかりかねた。
かの日、垣間見た父と玉鬘の痴態は、
青年の心に不可解な影を落としていた。
源氏の方では、
(もし内大臣が、
そう思っていたとしたら、
よく看破したというべきだ)
と思っていた。
宮仕えという名目にかこつけ、
玉蔓を誰にもやらぬわが心を、
さすが内大臣は見抜いていたのかもしれぬと、
いい気はしない。
玉蔓は喪服を脱いだ。
八月であった。
九月は入内には忌み月である。
いよいよ十月に宮仕えということになった。
主上は、
玉蔓が新任の尚侍として、
宮中に上がるのを待ちかねていらっしゃる。
求婚者たちはみながっかりした。
内大臣の子息たちは、
以前は何も知らず玉蔓に求婚していたが、
姉弟とわかってからは、
ぷっつり訪れなくなった。
しかし玉蔓の入内の日は、
いろいろ世話をしようと張り切っている。
この内大臣の長男、柏木の上司は、
髭黒の大将である。
大将はいつも柏木を呼びつけて、
玉蔓への求婚を熱心に申し入れていた。
柏木の父、内大臣へも正式に申しこんでいる。
髭黒の大将は人柄もよく、
将来は政界実力者と目されている人物である。
内大臣の婿として不足はない。
ただ玉蔓は源氏に養われているので、
養父の意向を無視できないので、
内大臣の一存では返事できなかった。
髭黒の大将は東宮の御母女御の兄君であり、
次の帝の伯父になる人である。
主上の信任あつく世の声望もたかい。
玉蔓の婿としては、
立派すぎるくらいの社会的地位であるが、
結婚の資格としては、
源氏はいい点をつけていない。
大将にはすでに北の方があるし、
子供もいる。
だが大将は北の方と別居だった。
大将の北の方は、
式部卿の宮の長女で、
紫の上の異母姉に当たる。
年齢が三、四歳、大将より年長で、
ここ数年、体具合がおもわしくなく、
夫婦仲はよくないという噂。
ついぞ艶聞もない大将が、
このたびばかりは、
玉蔓に執心し、
どうあっても結婚したいと、
心を燃やしている。
いよいよ九月になった。
この月が過ぎれば玉蔓は、
どんな男たちの手にも届かぬ宮中へ、
入ってしまう。
求婚者たちはいよいよ、
いらだってさまざまな趣向を凝らした文を、
届けてきた。
玉蔓の好んで出る宮仕えではなかった。
しかし、もう、
大きい流れにただようこの身を、
玉蔓はとどめるすべもない。
だが、玉蔓は、
自分を待つ意外な運命を知らなかった。
(了)