むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「ナンギやけれど」 ③

2022年12月31日 09時20分00秒 | 「ナンギやけれど」   田辺聖子作










・そのときは、うそ、うそという感じ。

今までにも地震に遭いましたけど、
ド~ンときた場合だけで、
きついね、なんていう程度で済んでいたんですけれど、
今度はド~ンときた後、ものすごい横揺れ、
もう絶対ベッドの上に起き上がれない。

これは小松左京さんもおっしゃっていましたけど、
小松さんは、畳にお布団を敷いてやすんでいられた。

すごい揺れがきて、
枕元の眼鏡をとって起き上がろうとしたけれども、
どうしても起き上がれなかった、
とおっしゃっていました。

私もベッドの上で、
もうトランポリンなんでございます。

ひどい、ひどいと思うだけで、
うそ、これうそでしょうというぐらい、
揺すぶられるんですね。

いちばん最初に<地震や>っていったのは主人でした。

私もやっと気づいて、あ、ほんとう、地震だ、
これは地震だと思ったんですが、
その後、うそ、こんな地震ってある?
というぐらいの揺れ方でございます。

停電で真っ暗な中、
やっとろうそくを探し出して・・・
というのは、懐中電灯というのが、
ほとんど手もとにございません。

神戸とか関西には地震がないという、
変な信仰がみんなありましたので、
もう非常災害の用意をしていらっしゃるかたは、
住民の中にはほとんどいなかったのではないか、
と思われます。

ただ、後で伺いましたら、
高橋孟さんという神戸の漫画家の先生が、
<手もとにあった懐中電灯で・・・>
とお話しになるので、
<へえ、用意がいいこと>と言いましたら、

<これは別に地震に備えてではない。
テレビが壁からちょっと離れている、
そこへ鉛筆やなんかがよう落ちるねん、
それを探すためのもんや>(笑)
とおっしゃっていましたけど、
そのぐらい、みんなが地震の備えはないわけですね。

必死になって、
とにかくろうそくが手に当ったので、
それをつけて私の仕事部屋をのぞきましたら、
大きな重い書庫が全部前かがみに倒れて、
その下に私の仕事机があるわけでございます。

それから、資料の棚がみんな倒れてしまって、
資料の書類とガラスが散乱しておりました。

書架の上にはまだ本がありまして、
松本清張全集とか、時代小説の全集があります。

それから資料戸棚の上には、
十ぐらいいろいろな箱があります。

これは全部散乱しているんですが、
この散乱の仕方が、
普通に投げ捨てられているのと違って、
力まかせに放り投げたみたいに、
箱の角という角がみんな破れているんですね。

これは、私、普通の投げ方じゃないと思いました。

よっぽどのエネルギーがなければ、
こんな物の傷み方、本や箱の痛み方というのはありません。

例えば女の人が嫉妬に狂って、
ええいっとばかり投げつける、
思いのままにねじったり投げつけたりするという、
そういう力ですね(笑)。

男の人がけんかで投げつけあったって、
あんなにきつくなるものじゃありません。

女の嫉妬の力のほうがすごいと思いますけれど(笑)、
多分、そんなものすごい力で地震は、
いろいろなものを投げつけたんでございます。

でも、そのときに、
既に十万戸の家がつぶれて、
たくさんの人々が、
五千数百人のかたがたが亡くなられて、
そして阪神高速があんなに・・・

あんな立派な、
そして近代科学の域をあつめたものと、
信頼していた高速道路がねじれて、
これは近所に住んでいた人のお話によりますと、
崩壊するとき、すさまじい大音響を立てた、
ということでございますけど、
そんなすごい地震になっていたんでございます。

でも、
この地震でいろいろな人に話を聞きましたけれども、
私たちの伊丹なんかより、もっとずっとすごかった被害、
神戸の活断層のほんとうの上に住居のあった人に、
話を聞きましたら、彼女はマンションで、
女性ばかり二人で住んでいらっしゃるんですけど、
もうそれは部屋中がまるで洗濯機の中だったと。

ぐるぐる回るんですって。
そして胸にぽんと当たったから何だろうと思ったら、
隣の部屋に置いてある人形だったと言うんですね。

彼女はそのときはまだ、<落ち着きましょうね>
なんてのんきなことをお互いにいいながら、
きっと近所の工場で爆発したんじゃないかと思い、
落ち着こう、落ち着こう、といっていたんですが、
そのうち、ドンドンドアを叩いてくれる人がいて、
<大丈夫ですか、すぐ逃げなさい>って。

ドアは既にねじれて開きません。

それでキッチンの窓を破ってもらって、
そこから出た。

でも、彼女は、小さい室内犬を飼っていまして、
その子をリュックに入れて出ようとしましたら、
助けてくれた隣組の、同じビルの男の人たちが、
<だめ、だめ、荷物はだめ>って。

<でも、この子だけはかんにんして>
といって、やっとのことで脱出できたそうでございます。

またもう一人の人は、
なんと二階の天井が落ちてきたと言うんですね。

彼女はその下に押しつぶされてしまった、
そのときにお隣の兄ちゃんが、
<大丈夫ですか、〇〇さん大丈夫ですか>って、
叫んでくれた。

これは、震災のときにみんなが言うことですけど、
若い子たちがとってもよく働いたと。

かいがいしく助けてくれたり、
声をかけてくれたりして、
非常に、若い子のことをみんな見直したり、
好意を持ったりいたしましたけれど、
私の友人の、二階の天井が落ちた人も、
隣の兄ちゃんに関しては、
かねてよりちょっと不信感があったらしい。

暴走族なんですね。
夜中に大きな音を立てて帰ってきて、
なあに、あの子とか思っていたそうです。

そのお父さんがお詫びにいらして、
<ゆうべはえらい音させてすんまへん>
というようなことをおっしゃったので、
へえ、あれでも仕事に行ってるのかしらなんて、
思っていたそうですが、その男の子が血相変えて、
<〇〇さん大丈夫ですか>と叫んでくれた。

<ここよ>と言いましたら、
友達を二、三人連れて、いずれも暴走族らしく、
髪の毛を染めたような兄ちゃんたちが、
よいしょよいしょと救い出してくれて、
やっと屋根の上へ出られた。

ここから飛びおりましょうと、
二メートルぐらい下へ軽々と彼らは飛びおりた。

そのときに、
彼女の唯一の目論見が外れましたのは、
男の子はみんな身が軽いんですけれど、
彼女は六十二キロでございますので、
<田辺さん、このときほどダイエットしておいたらよかった、
と思ったことないわ>と(笑)

飛びおりたのはいいけれど腰を打ってしまった、
また男の子がどっかから戸板を探してきて、
タンカにして病院へ連れて行ってくれた。

そういうことがありましたそうですが、
でも、みんなよくしてくれたと、
ほんとうに若い男の子、女の子もそうですが、
よくみんな働いたわ、と言っておりました。






          


(次回へ)

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