・源氏が「院」と呼ばれ、
太政大臣を辞したのにかわって、
内大臣が太政大臣となった。
宰相の中将・夕霧は、
中納言に昇進した。
雲井雁の父君、内大臣は、
今は心から夕霧との結婚を、
喜んでいた。
後宮で心労多い競争よりは、
この得難い青年を婿にして、
相思相愛の結婚生活を送る方が、
どれほど女として幸せか、
しれない。
夕霧は中納言になってからは、
今までの部屋住みでは、
手ぜまとなり、
三條邸に移ることにした。
ここは亡きおばあちゃま、
大宮のお住まいになっていた、
二人には思い出の邸である。
夕霧もいよいよ、
一戸をかまえて独立する、
年代になった。
荒れていたのを修理し、
大宮のお住まいだった部屋を、
手入れし調度も新しくして、
住むことにした。
若い夫婦は、
なつかしい邸に移ったのである。
丁度そのころ、
父太政大臣が、
御所からの退出の道すがら、
この邸の紅葉の美しさにひかれて、
立ち寄った。
大宮ご在世のころに変わらず、
邸をきれいに手入れして、
若い夫婦が楽しげに、
住んでいるのを、
父大臣は感無量で、
嬉しく見た。
「おばあちゃまが、
生きていらしたら、
どんなにお喜びだったろう。
どちらも可愛がっていらした、
孫同士がこんなに幸せな結婚を、
したのをご覧になったら」
と父大臣は涙ぐむ。
十月の二十日過ぎ、
六條院に行幸があった。
紅葉の盛りでございますゆえ、
と申し上げたので、
主上(源氏を実父とする冷泉帝)は、
退位なさった朱雀院もお誘いになり、
おそろいで行幸になる。
めったにない光栄で、
世間はめざましく思っている。
主人の源氏は、
趣向をこらしてご接待申し上げる。
巳の刻(午前十時ごろ)に、
行幸がある。
馬場殿にまずおいでになる。
左右の馬寮の馬を引き並べ、
左右の近衛武官が馬に添って、
並んでいるさまは、
まるで五月五日の競馬のよう。
馬術の見物のあと、
午後二時過ぎ、
南の寝殿へ移られる。
お通り道の反橋・渡殿には、
錦が敷かれてある。
外からまる見えのところは、
まん幕が張られ、
いかめしい。
東の池では、
お道筋の座興に、
鵜飼い船を浮かべて、
鵜飼いをお見せする。
築山の紅葉がよく、
お目にかけられるように、
廊の壁をこわし、
中門を開け放って、
目ざわりのものは、
取り払ってある。
主上と朱雀院の、
二つのおん座より、
一段下って、
源氏の座はしつらえてあったが、
それも勅命で、
同列に直された。
池の魚を左の少将が、
北野の鳥を右の少将が、
寝殿の東から御前にすすみ、
正面階段の左右にひざまずいて、
捧げる。
それを調理してまいらせる。
親王がた、
上達部などのご馳走も、
源氏はつねにない目新しい趣向で、
さしあげた。
みなみな、快く酔った。
日暮れがた、
源氏は、
御所の楽人を呼んでいたので、
優雅に楽の音をひびかせ、
殿上童が舞をごらんに供する。
風がさっと渡ると、
紅葉の葉が散り、
庭の苔も、
池の面も、
錦を敷いたよう。
名門のかわいい公達が、
愛らしく舞うさまは、
見飽きない面白さである。
朱雀院は、
興たけなわのころ、
久しぶりに和琴を弾かれる。
院はどうお思いになって、
今日の宴にのぞまれたのであろう。
ひとり朱雀院は、
お淋し気に楽の音に、
耳をかたむけておられる。
(了)