むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

29、藤裏葉 ⑥

2024年01月21日 07時56分41秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・源氏が「院」と呼ばれ、
太政大臣を辞したのにかわって、
内大臣が太政大臣となった。

宰相の中将・夕霧は、
中納言に昇進した。

雲井雁の父君、内大臣は、
今は心から夕霧との結婚を、
喜んでいた。

後宮で心労多い競争よりは、
この得難い青年を婿にして、
相思相愛の結婚生活を送る方が、
どれほど女として幸せか、
しれない。

夕霧は中納言になってからは、
今までの部屋住みでは、
手ぜまとなり、
三條邸に移ることにした。

ここは亡きおばあちゃま、
大宮のお住まいになっていた、
二人には思い出の邸である。

夕霧もいよいよ、
一戸をかまえて独立する、
年代になった。

荒れていたのを修理し、
大宮のお住まいだった部屋を、
手入れし調度も新しくして、
住むことにした。

若い夫婦は、
なつかしい邸に移ったのである。

丁度そのころ、
父太政大臣が、
御所からの退出の道すがら、
この邸の紅葉の美しさにひかれて、
立ち寄った。

大宮ご在世のころに変わらず、
邸をきれいに手入れして、
若い夫婦が楽しげに、
住んでいるのを、
父大臣は感無量で、
嬉しく見た。

「おばあちゃまが、
生きていらしたら、
どんなにお喜びだったろう。
どちらも可愛がっていらした、
孫同士がこんなに幸せな結婚を、
したのをご覧になったら」

と父大臣は涙ぐむ。

十月の二十日過ぎ、
六條院に行幸があった。

紅葉の盛りでございますゆえ、
と申し上げたので、
主上(源氏を実父とする冷泉帝)は、
退位なさった朱雀院もお誘いになり、
おそろいで行幸になる。

めったにない光栄で、
世間はめざましく思っている。

主人の源氏は、
趣向をこらしてご接待申し上げる。

巳の刻(午前十時ごろ)に、
行幸がある。

馬場殿にまずおいでになる。

左右の馬寮の馬を引き並べ、
左右の近衛武官が馬に添って、
並んでいるさまは、
まるで五月五日の競馬のよう。

馬術の見物のあと、
午後二時過ぎ、
南の寝殿へ移られる。

お通り道の反橋・渡殿には、
錦が敷かれてある。

外からまる見えのところは、
まん幕が張られ、
いかめしい。

東の池では、
お道筋の座興に、
鵜飼い船を浮かべて、
鵜飼いをお見せする。

築山の紅葉がよく、
お目にかけられるように、
廊の壁をこわし、
中門を開け放って、
目ざわりのものは、
取り払ってある。

主上と朱雀院の、
二つのおん座より、
一段下って、
源氏の座はしつらえてあったが、
それも勅命で、
同列に直された。

池の魚を左の少将が、
北野の鳥を右の少将が、
寝殿の東から御前にすすみ、
正面階段の左右にひざまずいて、
捧げる。

それを調理してまいらせる。

親王がた、
上達部などのご馳走も、
源氏はつねにない目新しい趣向で、
さしあげた。

みなみな、快く酔った。

日暮れがた、
源氏は、
御所の楽人を呼んでいたので、
優雅に楽の音をひびかせ、
殿上童が舞をごらんに供する。

風がさっと渡ると、
紅葉の葉が散り、
庭の苔も、
池の面も、
錦を敷いたよう。

名門のかわいい公達が、
愛らしく舞うさまは、
見飽きない面白さである。

朱雀院は、
興たけなわのころ、
久しぶりに和琴を弾かれる。

院はどうお思いになって、
今日の宴にのぞまれたのであろう。

ひとり朱雀院は、
お淋し気に楽の音に、
耳をかたむけておられる。






          


(了)

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