・「おれはただ言いつけられただけで。
こちらの殿が寝入ったら天井から鉾をさしおろせと。
だけど鉾の通る穴しか、あけていないから下の様子は見えやしない」
「どうするつもりだったんだ」
「下で誰かが鉾の先を持ってそこへあてるから、
そしたら力いっぱい、突くんだと」
「何という奴だ」
「おれはいいつけられただけですよ。
おれ、使われてる従者にすぎないんだから、
かんべんして下さいよ」
、
「人殺しをたくらんでおいて太い野郎だ。
お前のあるじは誰だ。いいつけたのはどいつだ」
男は渋っていたが、とうとう白状する。
ただちに検非違使の庁に使いを出して、
男の身柄を渡し、検非違使は主犯追捕に向かった。
則助は盗っ人を呼び、
「お前のおかげで命が助かった。礼をいう。
欲しがっていた馬、礼心にやろう」
「えっ、この馬、くれはる・・・」
盗っ人は夢かと喜び、
「おおきに、おおきに、有難うさんでおます。
盗っ人のワタイを咎めもせず、こんな立派な馬を頂けるとは」
「いや、お前が勇気を出して教えてくれたのがよかった。
おれに同情してくれた、その心根が嬉しい。
早くいけ」
「はい」
盗っ人は馬に一むちくれて、逃げ去った。
そののち、この盗っ人の行方は誰も知らない。
~~~
・おれが、男と女はどっちが性悪か、というと、
女だ、というのはこのあとの話だ。
何でも則助の妻は密男(まおとこ)を持っていたという。
それとたばかって、夫を殺すつもりだったらしい。
その男は従者にいいふくめて、
鉾で則助を殺させようとした。
そこでその男も捕まり、
お裁きを受けたということだ。
則助の妻がこの事件に関係なかったかもしれない、
というのは当たらない。
妻は長い鉾を下手人にちゃんと渡している。
邸へ鉾をかついで忍んでくるわけにはいかないじゃないか。
妻が凶器を準備していたんだ。
ふ~ん、やっぱり女って奸悪なんだね、
と簡単に感心しちゃいけない。
わるいのはもっとあとのことなんだ。
世間じゃ「どうもわからん」と、
不思議がっている。
よっぽど則助がその妻に惚れていたとしても、
命までねらわれたんじゃ、百年の恋もさめるはずだが、
則助が妻を放り出しもせず、
大ゲンカをしたという話も聞かない。
つまりだな、妻は則助にこう言ったんだ。
「あたしに前から懸想してうるさく言い寄っていたあの男が、
しまいにはとうとう、亭主を殺すと言いだしたんですよ。
どんなになだめてもいうことを聞かないの。
それであたし、決心したの。
そうだ、あなたの命を救い、
あの男のよこしまな恋心をいさめるには、
あたしがあなたの身代わりになって殺されればいいんだって。
そしたら、あの男も目がさめるでしょうし、
あなたにもあたしの潔白を信じて頂けるでしょう。
だから鉾の先を、あたし、自分の胸にあてるつもりでいたの。
信じて下さるわね、あなた」
妻はさめざめと泣き、則助は、
「そうだったのか・・・」とうめくようにいう。
「鉾が天井から下りてきたら、
あたしはその切っ先を自分の心臓にあて、
さあ力いっぱい突いて、という合図に、
下から鉾を動かすつもりで・・・
でも、あなたのことを思うと死にきれない思いで、
涙にくれて・・・よかった。
そこへあなたが帰ってきて下さって。
あたしが愛しているのはあなただけなのよ。
今度のことでようく、わかったわ」
「そうか。
しかしお前も、男に言い寄られるようなスキを作るんじゃないぞ。
お前は男好きする女だから、おれ、心配だったんだ。
これからは気をつけるんだぞ、いいな」
~~~
・いや、女っていうのは恐ろしい。
ついこの間も、則助とその妻は、賀茂の奥へ野遊びに行っていた。
牛車に妻や女房たちを乗せ、男らは馬で、ここかしこと、
のんびり遊んでいたよ。
おれが眺めていると、車の簾のかげから、
美しい女が、おれに流し目をくれるんだ。
則助の妻だよ。
おれはすぐ走り書きの恋文を少女に届けさせたら、
たまげたね、気の引くような返事がすぐ来た。
ほろほろと散る卯の花の枝に結び付けた、
色よい文句の文だったが、
さて、女は怖い。
(了)