・若かったころの三條を見なれていた右近は、
長い年月のへだたりが思われて、
涙を誘われた。
「まず、乳母の君はいらっしゃるの?
姫君はどうなられました?」
右近は矢継ぎ早やに聞く。
夕顔のことは、
三條たちを悲しませるので口にせず。
「みないらっしゃいます。
姫君も大人になられました」
姫君の一行のおどろきはいうまでもない。
「夢のような心地がします。
御方さまと共に行方知れずになって、
お恨みしていた人にここで会うなんて」
乳母たちは寄ってきて、
間を隔てたものを押しやって、
物もいえず泣き出した。
乳母はようやく、
「御方さまはいかが遊ばされました?
長い間、夢にでもお会いしたいと、
神仏に願をかけましたが、
遠い田舎でございますもの、
風の便りにもお噂が知れませんで、
ほんとうに悲しゅうございました。
捨てていってしまわれた姫君が、
おいとおしく、気にかかりましてね」
右近は昔、
夕顔の急死にあって、
共に死にたいと惑乱したとき以上の、
苦しい思いに責められた。
もはや、黙っていられなく、
「その御方さまは・・・
もう早くに亡くなられたのです」
というと、
乳母や三條たちは泣き沈んだ。
日が暮れたと供の者がせきたて、
双方、話が尽きぬままに、
あわただしく別れた。
右近は、
「ご一緒におまいりいたしましょう」
といったが、
互いの供の者が怪しむだろうし、
乳母も息子の豊後の介に告げるひまもなく、
みな宿を出た。
右近は一行に目をとどめた・・・
中に一人、目立つ美しい後姿の女がいる。
あれが姫君であろうか。
歩き馴れている右近は、
姫君たちより先に御堂に着いた。
あとから来た一行は、
姫君の歩き悩むのを介抱しながら、
やっと初夜の勤行のころ、
登ってきた。
御堂の中は参詣人で混雑し、
やかましい。
右近の部屋は、
ご本尊の右手に近いところを、
とってあった。
姫君の方は、
頼んでいた僧と馴染み薄いせいか、
西の間の遠いところだったのを、
右近は探し出して、
「どうぞこちらへおいで下さいまし」
といってやった。
それで乳母は、
供の男たちをそこへとどめ、
豊後の介に急いで事情を話し、
姫君と共にそちらへ移った。
右近は姫君たちを迎えて、
「私はたいした者ではございませんけれど、
ただ今の太政大臣さまにお仕えしておりますから、
こんな忍びの道中でも、
誰も失礼なことはするまいと、
安心しております。
地方から来た人とみると、
足元につけこむ、
たちの悪い者がこちらには多うございます」
といった。
ゆっくりと語りたいのであるが、
勤行の混雑で声もよく聞き取れず、
落ち着かなかった。
右近はともかく、
心こめて仏に祈った。
(ありがとう存じます。
観音さま、どうかしておさがししたいと、
願っていたお姫さまに会わせて下さいまして、
ありがとうございます。
やっとお目にかかれましたからには、
今度は源氏の大臣にお知らせ申し上げましょう。
大臣は、わが子のように、
おいつくしみ下さるに違いございません)
筑紫から来た人々は、
ここで三日お籠りするつもりでいた。
右近は、
そんなに長く参篭するつもりではなかったが、
この折に、一行とゆっくり話もできようかと、
僧を呼んで自分もお籠りするむね告げた。
筑紫の人々はそれを聞いて、
右近がどんなに姫君のことを思っていたか、
がわかってしみじみとした思いに打たれた。
一晩中、騒がしい勤行の声は続いた。
夜が明けたので、
右近は知り合いの法師の坊へ、
人々を誘って下りた。
ゆっくり積もる話がしたいと思った。
明るいところで見る姫君は、
ほんとうに美しかった。
(次回へ)