むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

20、玉蔓 ⑤

2023年12月04日 08時56分12秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・若かったころの三條を見なれていた右近は、
長い年月のへだたりが思われて、
涙を誘われた。

「まず、乳母の君はいらっしゃるの?
姫君はどうなられました?」

右近は矢継ぎ早やに聞く。

夕顔のことは、
三條たちを悲しませるので口にせず。

「みないらっしゃいます。
姫君も大人になられました」

姫君の一行のおどろきはいうまでもない。

「夢のような心地がします。
御方さまと共に行方知れずになって、
お恨みしていた人にここで会うなんて」

乳母たちは寄ってきて、
間を隔てたものを押しやって、
物もいえず泣き出した。

乳母はようやく、

「御方さまはいかが遊ばされました?
長い間、夢にでもお会いしたいと、
神仏に願をかけましたが、
遠い田舎でございますもの、
風の便りにもお噂が知れませんで、
ほんとうに悲しゅうございました。
捨てていってしまわれた姫君が、
おいとおしく、気にかかりましてね」

右近は昔、
夕顔の急死にあって、
共に死にたいと惑乱したとき以上の、
苦しい思いに責められた。

もはや、黙っていられなく、

「その御方さまは・・・
もう早くに亡くなられたのです」

というと、
乳母や三條たちは泣き沈んだ。

日が暮れたと供の者がせきたて、
双方、話が尽きぬままに、
あわただしく別れた。

右近は、

「ご一緒におまいりいたしましょう」

といったが、
互いの供の者が怪しむだろうし、
乳母も息子の豊後の介に告げるひまもなく、
みな宿を出た。

右近は一行に目をとどめた・・・
中に一人、目立つ美しい後姿の女がいる。

あれが姫君であろうか。

歩き馴れている右近は、
姫君たちより先に御堂に着いた。

あとから来た一行は、
姫君の歩き悩むのを介抱しながら、
やっと初夜の勤行のころ、
登ってきた。

御堂の中は参詣人で混雑し、
やかましい。

右近の部屋は、
ご本尊の右手に近いところを、
とってあった。

姫君の方は、
頼んでいた僧と馴染み薄いせいか、
西の間の遠いところだったのを、
右近は探し出して、

「どうぞこちらへおいで下さいまし」

といってやった。

それで乳母は、
供の男たちをそこへとどめ、
豊後の介に急いで事情を話し、
姫君と共にそちらへ移った。

右近は姫君たちを迎えて、

「私はたいした者ではございませんけれど、
ただ今の太政大臣さまにお仕えしておりますから、
こんな忍びの道中でも、
誰も失礼なことはするまいと、
安心しております。
地方から来た人とみると、
足元につけこむ、
たちの悪い者がこちらには多うございます」

といった。

ゆっくりと語りたいのであるが、
勤行の混雑で声もよく聞き取れず、
落ち着かなかった。

右近はともかく、
心こめて仏に祈った。

(ありがとう存じます。
観音さま、どうかしておさがししたいと、
願っていたお姫さまに会わせて下さいまして、
ありがとうございます。
やっとお目にかかれましたからには、
今度は源氏の大臣にお知らせ申し上げましょう。
大臣は、わが子のように、
おいつくしみ下さるに違いございません)

筑紫から来た人々は、
ここで三日お籠りするつもりでいた。

右近は、
そんなに長く参篭するつもりではなかったが、
この折に、一行とゆっくり話もできようかと、
僧を呼んで自分もお籠りするむね告げた。

筑紫の人々はそれを聞いて、
右近がどんなに姫君のことを思っていたか、
がわかってしみじみとした思いに打たれた。

一晩中、騒がしい勤行の声は続いた。

夜が明けたので、
右近は知り合いの法師の坊へ、
人々を誘って下りた。

ゆっくり積もる話がしたいと思った。

明るいところで見る姫君は、
ほんとうに美しかった。






          


(次回へ)

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