・用意された船は、
静かに筑紫を離れてゆく。
乳母の娘たちのうち、
上の姉は子供がたくさん出来たので、
九州を離れることは出来なかった。
互いに別れを悲しみ、
再び会う日の早く来ることを願い、
妹たちは悲しかった。
監に知られたら、
たちまち追手がかかるのでは、
と気が気でなかったが、
ちょうど順風に恵まれ、
快速で船は東へ走った。
摂津の国の河尻という所が近づいた、
という舟人の声に、
やっと乳母たちは生き返った気がした。
豊後の介も、
妻子を思ってしみじみした。
思えば残された妻子はどうしているだろう。
役に立ちそうな家来は、
みな連れてきてしまった。
監が憎んで、
妻子を追い惑わしているのでは、
といかにも心細く、
涙ぐまれた。
京に頼るあてとてなかった。
しかも引き返すすべもない。
心細い人々を乗せて、
船は京へ入った。
九条に、昔の知人がいたのを探し出して、
一行はそこを仮の宿とした。
このあたりは都のうちといいながら、
はかばかしい人の住む所ではなく、
賤しい物売りや商人にまじって、
気のふさぐ暮らしを続けているうちに、
はや秋となった。
みんな心細く悲しい。
豊後の介一人が頼りであるが、
その彼でさえ、都では、
水鳥が陸にあがったようにまごついて、
どうして生きていっていいやら、
暗澹とした思い。
今さら九州へ帰るわけにもいかず、
あまりにもあと先みずに京へ来たことよ、
と思ったりしているうちに、
縁故を頼って逃げる者もあれば、
元の国へ帰ってしまう者もいた。
「この上は神仏のお力におすがりしましょう。
きっとよいことがあるように、
お導き下さいます。
国を離れるときも多くの願を、
姫君はお立てになりました。
おかげで無事京へ帰れました。
早くお礼参りをなさいませ」
と乳母は姫君にすすめた。
「初瀬へお詣りなさいませ。
仏さまの中では、
大和の国の初瀬の観音様が、
霊験あらたかと噂されています」
といって、
姫君を初瀬参りに出立させた。
(次回へ)