今日夕食で入ったとんかつ屋で「保健所の指導により食べ残しをお包みすることが出来なくなりました。ご了承ください。」との張り紙を目にしました。客の食べ残しをお店が棄てるのはつらいことでしょう。また客としても食べきれないけど勿体ないなと感じることはよくあります。食べ残しを包んでくれるのはとてもリーズナブルなお店にも客にもいいサービスであるといえます。お店としてはとも残念であったでしょう。
外食産業の「使い回し問題」が話題となっていました。食べ残しを持ち帰る習慣がもっと一般的になれば、使い回し問題は減るのではないかと感じていましたので、以外でなりません。
特にこの店は、とんかつのテイクアウトもしており、食べ残しの持ち帰りとテイクアウトにあまり違いを感じられません。
日本では、食べ残し料理の持ち帰りは、一部の料亭などで見られる以外、一般的ではありません。外国では、食べきれなかった料理を持ち帰るのはよくあることです。料理を出す側にも。客側にもメリットのあるいいサービスだと思います。一方で、日本で廃棄される食品の量が貧困飢餓を救える食料の量より多いと言われるなど批判されています。
保健所はいったい何を考えているのでしょうか?この「指導」によって「使い回し問題」が助長されてしまっては逆効果すし、食料の無駄使いを助長してしまします。
死刑廃止論者、グリーンピース、過激派、皆根っこは同じ、自説至上主義によるテロリストであるといえます。
テロリストの行動:
彼らは、国家主権や法よりも自説による思想・主義・主張を優先させます。そのため彼らは、民主的手続きを使わずに、誹謗中傷、犯罪、暴力を利用して自説を実行するのです。
民主主義者の行動:
自説至上であっても民主主義者であれば、言論、政治、行政に働きかけ、法に基づく手続きで法を変更していいきます。自ら政治家になって議員立法していけばいいわけです。(忍耐は必要かもしれませんが。)
これらテロリストと同じような思想・主義・主張を持ちながらも法に基づく手続きで行動されている方々はたくさんいらっしゃいますが、テロリストとの違いは何なのでしょうか? おそらくその違いは、世の中(他人)の為に働いているか、自分のため働いているかの違いだと思います。世の中(他人)の為なら本当に実現できる方法、他人に指示される方法を真剣に考えるはずです。
これらテロリストは何ら思想・主義・主張を弾圧されない自由な国に住みながら、世の中の為に働いている同じような思想・主義・主張を持つ方々の邪魔をしているばかりか、無辜の人民を傷つけます。しかもその目的は自分のためですから、なんら社会的な意義は感じられません。
こうして考えてみると「秋葉原無差別殺傷事件」も根っこは同じに見えてきます。この事件は労働問題のように報道されていますが、自分勝手な思い込みに基づくテロ事件なのです。
我々民主主義者は、民主的で法に基づく手続きでこれらテロリストに対抗していかなければなりません。
苦しいですが、それが自由と民主主義を享受するための義務なのかもしれません。
情けない話ですが、4日付英紙フィナンシャル・タイムズ(アジア版)「行方不明の日本 姿が見えないサミット主催国」は秀逸な記事であると言わなければなりません。
無能の政権、福田内閣を見事に切っているからです。
安倍前首相との比較も原因なのかもしれません。
安倍前首相は、日本国内ではあまり評価が高くありませんが、海外では物言うリーダーとして評価が高かったそうです。参院選に負けたとはいえ、安倍政権がまだ続いていたら、日本はまだましだったのかもしれません。でも歴史にIFはありませんよね。