よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

猛暑-石川県加賀市:加賀橋立

2024年09月07日 | 石川
Kaga Hashidate, Kaga City, Ishikawa Pref.

さてさて、重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている加賀橋立の町を、
ワタクシ達は北前船で栄えた時代に思いを馳せながら興味深く歩いていました


赤瓦の屋根が印象的な町並みですが、これらの瓦は石川県南部で造られるものだそうです


赤い屋根瓦というと島根県の「石州瓦」が有名です。石州瓦は焼成温度が1200℃以上と高いため凍害に強く、
日本海側の豪雪地帯ではシェアが高いと聞いたことがあるので、この瓦も石州瓦なのかと思いました


しかし、調べてみると石川県内にも赤い瓦を生産している集落があるようです。一度はその地域も訪ねてみたいものです


ここ加賀橋立を歩いていたのは午前11時過ぎでした。もうすでに軽く気温は30℃を超えており、歩いていると汗が噴き出てきます。
この日の加賀市は最高気温が32℃でした。連日35℃を超えている大阪に比べればマシなのですが、
なにせ二日間、白山の涼しい山の上や山麓にいましたので暑さがこたえました


暑さには比較的強いワタクシ達ですが、「暑いなぁ」「冷たいものが欲しいなぁ」と言いながら歩いていたんですよ


そんなワタクシ達の前に「cafe 彦兵衛」というお店が現れました。「氷」の文字がワタクシ達を呼び寄せます。
これはお店に入らない訳にはいきません。かき氷を食べない訳にはいきません


相棒さんは「いちご練乳」をオーダーしました。見るからに美味そうですなぁ


ワタクシは「マンゴー」をいただきました。一気に身体から汗が引いていきます。ああ、幸せ


かき氷を食べてワタクシ達は帰路につきました。白山登山、そして温泉を楽しんだ三日間でしたが、天候にも恵まれました。
「2024年夏休み第二弾」も楽しい楽しい三日間でした。ただ、この夏はどこに行っても猛暑との戦いですね

「cafe 彦兵衛」…石川県加賀市橋立町ラ63

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


ここ加賀橋立で67ヶ所の重要伝統的建造物群保存地区を訪ねたことになりました。
別に重伝建地区を目的に旅をしたわけではなく、歴史が好きなので結果的に67ヶ所も訪ねたという感じです。
全国に129ヶ所あるのですが、ここまで来たら100ヶ所は訪れてみたい気もします。



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北前船で栄えた集落-石川県加賀市:加賀橋立

2024年09月06日 | 石川
Kaga Hashidate, Kaga City, Ishikawa Pref.

さてさて、白峰温泉でチェックアウトを済ませたワタクシ達は次の目的地へと向かいました。
向かったのは石川県加賀市の海沿いにある加賀橋立という集落でして、ここも重要伝統的建造物群保存地区に選定されているんです。
ワタクシにとっては67ヶ所目の重伝建地区への訪問となるんです


加賀橋立は江戸時代中期までは半農半漁を営む茅葺民家の集落でした。その後北前船の船主になる者が現れ、
江戸時代後期から明治時代中期にかけて大阪と北海道間を往復した船主や船頭が多く居住する豊な集落へと発展したんです。
ワタクシ達は、まず最初に「北前船の里資料館」を訪れました


この建物は橋立の北前船主・酒谷長兵衛が1877(明治10)年に建てたもので、最高級の建材を使った建物から、
船主の豪勢な暮らしぶりをうかがい知ることができます。ワタクシ達は興味深く資料や展示品を見ていきました


江戸時代には日本海や北海道の港から江戸や大坂(大阪)へ、米や魚などが船で運ばれていました。
船は瀬戸内海をとおって大坂、江戸へ向かう西廻り航路か、津軽海峡をとおって江戸へ向かう東廻り航路を利用しましたが、
西廻り航路を走る船を北前船と呼ぶようになりました
(下の地図を参考にしてください)




本州からは、米や塩、砂糖、酒、酢、鉄、綿、薬、反物や衣類などあらゆる生活物資を積み込み、
それらの商品を売買しながら日本海を蝦夷地に向けて北上しました。これを「下り荷」と言います。
逆に、蝦夷地から上方へと向かう荷を「上り荷」といい、主に昆布や鰊、鰊粕(にしんかす)、干鰯(ほしか)、
鮭、鱈などの海産物を運びました。一回の航海の利益は現在の額で約1億円にもなったといいます


大阪や京都(いわゆる「上方」)では料理の出汁をとるのに昆布をふんだんに使い、塩昆布やおぼろ昆布をよく食べます。
これらは蝦夷地から良質な昆布が北前船によって運ばれてきたからなんですね


ワタクシも相棒さんも旅先でこういう資料館を訪れるのが好きなんですよ。新たな知識を得ることが出来ることも多く、
思わず発見があったりするんです。ワタクシにとっては土産物屋に行くよりも、こういう場所を訪れる時間が楽しいのです


資料館を後にして橋立の町を歩きにいきました。屋根は赤茶色の瓦葺き、外壁には船板を張っている家が多いようです


ではでは、ゆっくりと町を歩くとしましょう。いつものことですが、初めて訪れる場所を歩く時はワクワクしますわ

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


この日は10寺過ぎに加賀橋立に着き、12寺頃に散策を終えました。それでも痛いほどの日差しを浴びて、汗が噴き出ていたんです。
今年の夏はどこに行っても常に汗まみれで、暑さと闘いながらの旅となりました。
もうあと2〜3年したら、私も夏に旅行に行くのはしんどくなってくるかもしれません。今年、初めてそんなことを思いました。



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屋号-石川県白山市:白峰

2024年09月05日 | 石川
Shiramine, Hakusan City, Ishikawa Pref.

さてさて、朝食前に白峰の集落を散策するワタクシ達ですが、都会の繁華街を歩くとどうも居心地が悪いのに、
こういう人の気配が少ない田舎の農村や山村を歩いていると心が落ち着きます。
ワタクシ、都会生まれの都会育ちなのですがすっかり都会が苦手になってしまいました。
特に最近は大阪市内に行くと「ここはホンマに日本か」と思うくらいに外国人が多いんですよ。
ですので、町を歩いていても全然心が落ち着かないんですよね


ところで白峰の集落を歩いていると、ちょっと気になるものに目が留まりました


各家の玄関に苗字でもない、名前でもない、不思議な表札が掲げてあるんです。
ワタクシ、これが気になったので地元の方に「この名前のようなものは何ですか?」と訊いてみました。
すると、「白峰には同じような苗字が多いので、各家庭には屋号というのがあって、屋号札を掲げるんですと」とのこと


集落内では「山田さん」「田中さん」のような苗字ではなく、屋号で呼ぶという風習が今でも残っているようです。
屋号には先祖の名前をつけたものが多いようですが、家業(カジヤ、イシャノウチ)などもあるようです


ワタクシ達は楽しい散策を続けていましたが、そろそろお宿の朝食の時間が近づいてきました。戻らなければなりません


お宿の「白山苑」に戻ると、可愛いネコたちがいました。このお宿の看板猫のようです。
相棒の「今では晴れ男さん」は猫好きなので、嬉しそうにネコたちをなでなでしていました。
ワタクシ達は散策で汗をかいたので風呂に行き、気持ちのいい温泉で汗を流して朝食を食べに行きました


朝食も素朴な地元の食材が並びます。歳を重ねてくると、こういう和食の朝食が嬉しいですな


相棒さんと朝食を食べながらこの日の予定を考えます。真っ直ぐ大阪に帰ってもいいのですが、
せっかくですからどこかに立ち寄りたいと考えたんですよ。石川県まではなかなか来る機会もないですからね


この日の予定も決まりました。ではでは、チェックアウトを済ませたら今日の目的地に向かうとしましょうか

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


温泉宿に泊まると、温泉に入浴するというのが大きな楽しみなのですか、皆さんは何度くらいお風呂に入りますか。
私は宿に到着してチェックインした後にまず一度、次に寝る前にもう一度、そして、翌朝に三度目というのが一番多いです。
とりわけ気持ちがいいのが朝風呂でして、この日もスベスベしたお湯に浸かり登山の疲れを癒したのでした。



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静かな散策-石川県白山市:白峰

2024年09月04日 | 石川
Shiramine, Hakusan City, Ishikawa Pref.

さてさて、早朝から重要伝統的建造物群保存地区である白山市白峰地区を散策するワタクシ達ですが、
白峰の集落は想像以上に昔懐かしく、そして美しい光景を見せてくれました


このお寺は林西寺という浄土真宗のお寺です。石川県といえば戦国時代、加賀国の一向一揆が起こった地域です。
一向宗というのは浄土真宗のことですが、県内には今でも浄土真宗の信者さんが多いようです


本堂は1864年に白山18か所の元締めである永平寺の名工、玄之源蔵達が作ったとの記録があります。
1874年の廃仏棄却の時代には周囲のお寺から仏像が持ち込まれ、白山信仰の象徴である仏像と文化財がここに保管されました


こちらのお寺は行歓寺(ぎょうかんじ)。小さな集落ですが立派なお寺が立ち並ぶのは、この地域の信仰の深さを感じます


白峰への公共交通機関は当然ながらバスのみです。バスは一日に四便しか運行されていません。
しかもこの地域は豪雪地帯で、冬場は2m以上の積雪で道路が不通になることも度々あるとか。
かつては冬場になると「陸の孤島」となることも珍しくはなかったようです


白峰は手取川左岸の河岸段丘の限られた空間に形成された集落だということが、このアングルだとよくわかります。
ちなみに右岸、左岸という言葉なのですが、河川を上流から下流に向かって眺めたとき、右側を右岸,左側を左岸と呼ぶんです


この集落が雪に覆われる冬場は、ここで暮らす人々には申し訳ないのですが、さぞや美しい町並みだろうかと思います。
一度はそんな光景を眺めてみたい。そんな気持ちになるのでした


白峰は周囲から切り離された山深い地のため、独自の文化や風習がありました。
その一つが言葉でして、「ジゲ弁」と呼ばれる独特な方言があったそうなんですよ。
男性の一人称は「ギラ」、二人称は「ワエ」などと言うそうですが、今ではよほど年配の方しか使わないようですね


ではでは、集落の散策をもう少し続けていきましょうか。でも、朝食の時間も気になりますわ

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


私の旅の楽しみの一つが、旅先で地元の人が喋る「方言」を聞くことなんです。
テレビの影響などで方言が薄れてきているのは事実でしょうが、イントネーションや言い回しなどは地域によって大きく違います。
先日、山口県からずっと各駅停車の列車に乗って大阪まで帰ってきたのですが、山口県、広島県、岡山県、兵庫県と
周囲の乗客が喋っている言葉を聞くのが実に楽しかったのです。



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山間部の集落-石川県白山市:白峰

2024年09月03日 | 石川
Shiramine, Hakusan City, Ishikawa Pref.

さてさて、石川県白山市の山あいにある白峰温泉に宿泊したワタクシ達なのですが、
今回、白山の下山後にここに泊まったのには大きな理由があったんですよ。
と言うのは、白峰温泉がある白山市白峰地区は、山間部の狭隘な河岸段丘上に形成された特色ある集落の姿をしており、
豪雪という気候風土や養蚕という生業に即して発展した地方色豊かな伝統的建造物群がよく残っており、
厳しい自然環境にある山村集落の歴史的な風景をよく残しているために重要伝統的建造物群保存地区に選定されているんです。
そんな集落をゆっくり散策したいというのが、今回ここ白峰温泉に宿をとった大きな理由なんです


前日の夜、ワタクシ達はよく食べてよく飲みましたが、この日(8月8日)の朝は6時に起床しました。
お宿の朝食前に集落を散策し、散策後は宿の温泉で汗を流し、そして朝食を食べようというのがこの日の朝の計画です。
この建物は「白峰温泉総湯」という日帰り温泉で、ワタクシ達は前日にここのお風呂も堪能していたんです


白峰の民家の特徴なのですが、主屋は二階建もしくは三階建になっています。
上層階を養蚕の場とするために、江戸時代からすでに多層階の主屋が普及していたんですね。
また、雪下ろしの作業のために屋根にあがる大はしごが常設されているのも大きな特徴なんです


ワタクシはこのブログで、重要伝統的建造物保存地区を訪問した様子をよくアップしていますが、
今回の白峰で66ヶ所目の重伝建の訪問となるんです。いつの間にかたくさんの重伝建を訪ねたものです


ちなみに重要伝統的建造物保存地区は全国に129ヶ所あるんですが、山形県、東京都、神奈川県、熊本県には一ヶ所もありません。
東京と神奈川はともかく、山形と熊本に一ヶ所も無いというのはちょっと意外な気がします


一方、重要伝統的建造物保存地区の数が多いのはどこだと思われますか。実は一番多いのが、ここ石川県なんですよ。
石川県は金沢市内に4ヶ所、金沢市以外に4ヶ所の計8ヶ所も重伝建があるんです。
あと、長野県も今年新たに1ヶ所が新たに選定されて県内に8ヶ所の重伝建があることになり、石川県と並んで1位なんですね


朝の6時30分ですので観光客なんて誰も歩いていません。歩いているのはワタクシ達と地元の方だけです。
「おはようございます」と声を交わすのが、ワタクシにはなんとも気持ちがいいんです


八坂神社という神社がありました。記録によると永平寺門前の大工が棟梁となり、1822年に建立されたようです


こちらにも立派な建物がありました。屋根に上がる大ハシゴが印象に残りますね。
ではでは、白峰の集落の散策を続けて行くとしましょうか。

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


ここ白峰はかつての重要な産業が養蚕でした。私は信州や岐阜の山あいの地域に行くことがよくあったのですが、
養蚕業が盛んだった集落を数多く見てきました。かつては蚕の餌となる桑を育てる桑畑も、周囲にはたくさんあったのでしょうね。
世界遺産となった群馬の富岡製糸場をはじめ、信州の諏訪地方にも大きな製糸場が作られ、生糸は日本の重要な輸出品でした。
そういったことも、歴史の授業の中でしっかりと教えてほしいんですよね。


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