隅田川の花火大会が中止になっていたんですね。おいおい、花火大会どころか!?と言われてるみたい。
ヘレン・ケラー 輝ける魂: youtu.be/HGoYZ4oOmYU @youtubeさんから
私たちは神聖で完全だ。その見方を妨げる"The Ways" を「自分」だと「その人」だと「歴史」だと「社会」だと信じて生きている。それは自分が生み出した幻想であるが、その幻想は痛みでしかない一方で、情動に色を与え、魂を震わせ、喜びへ通じる媒体となる。
痛みを感じ、喜びに震え、その一つ一つのプロセスが、一歩一歩、極の一点へと通じていく。そのプロセスを重ねるとは、自分に結合していくことだ。痛み、悲しみ、自らと分かたれていないものが増えていくたびに心は静寂になる。
自分の渇きを満たすために交換するんじゃないなぁ。もう少し経ったら、だんだん分ってくるかな。
過去のことは、良かったも悪かったもないよ。それはもう終わったことだから。時計の針は戻すものじゃないよ。前に前に進んでいくものだ。思い出は過去のことではなく、これから作ってく未来にある。いい「思い出」を作っていこう。
映画『終戦のエンペラー』公式サイト emperor-movie.jp #終戦のエンペラー
得しようと思う気持ちが苦しい。得しようとさせる思いの源が叫んでいる。そしてその源に支配されているから。例えばインナーチャイルドとか、場合によっては甘く悲しい存在ではない。自分が支配されている場合も多々ある。
何でこの人、こうなんだろう(怒)(悲)・・と思うけれど、あーそれ、私だわ、ということで一件落着。いや、本当におんなじことしてるんですよね。人をどうのこうのと思う前に、まずお前がしろよ!!で又もや一件落着。
道って未知にあるような。。だから目を凝らして探しても見つからない。思いが道なんだろうな。そこが海でも、山肌でも、歩きだしたら道。
「ずっと望んでたけど手に入らなかった、それは、決して望んでなかったわけじゃないよ、というのは分かる。でも本当に望んでいたなら、そうなっていた筈なんだけどな」と友人の言葉。今は抵抗なく聞ける。だって避けていたもの(爆)。本当はそれが現実になって欲しくなかった。
その現実にならなかったことで(私がしなかったことで)、しんどい思いもしたけど、それで良かったんじゃないかなと思う。
そうか。道は探すのではなく、拓くものか。どっちでもいいか。でも私にとっては、いくら探してもピッタリ来る道は見つからなさそうだ。わがままだから。
今日、とある方のブログに行き着き、そこで見た絵に息が止まった。それは私が2年ほどまえ、あるワークのときに見たヴィジョンに酷似していた。さほど標高がない山の中腹、宗教、哲学色を帯びながら、何十人かで集まっている(暮らしている)。気候は温暖、年齢層はバラバラ、しかし、年若い層が多い。
卑弥呼の悲しみ。男性によって剥奪された女性の主体性。男性にとって女性は必要不可欠だった。力と栄華を保つために。天と地を繋ぐ女性を。
出し惜しみせず、与えること。出すこと。愛情、友情、技能、智慧、経験、お金、時間、労力。交換値や感情計算の損得に惑わされないこと。私のこれからの課題。
何のフィルタもかかってない、まっさらな感性みたいなものに、対象とするものの、ありのままの色が落ちていく。そういったときが一番好き。