音楽と交流で地域をつなぐ~地域互助力向上ネットワーク0-100(ゼロ百)地域の輪~

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中高年ひきこもり61万人

2019-06-04 | お知らせ
こんばんは!

地域互助力向上ネットワーク

0-100地域の輪 中島直子です。

とても蒸し暑い唐津でした。

今は真夏でなくても、熱中症の危険があるようです。

湿度が高く、そこまで気温が高くなくても

熱が発散しにくい

特に小さな子どもや 高齢者の方には

配慮が必要です。

こまめに水分と 風通しの良い環境と

確保しておきたいですね!




さて、見出しは佐賀新聞3月30日朝刊の記事です。






今、起きている事件の背景として

「ひきこもり」というワードをよく耳にします。


若い頃「ひきこもり」

そのまま何十年とすぎたら

そうか、中高年のひきこもり。



何度か、ブログでも伝えましたが

20代の時に、1年半ほど

「ひきこもり」になった私ですが


何をもって「ひきこもり」か、

定義はさておき

私は あることがきっかけで仕事をやめて

家からほとんど出なくなり。

家族以外の人と会えない。

昼夜逆転。

ゲーム、テレビ、漫画が友達。

夜が明けると寝る。

ずっと目が覚めないでいたいと思うけど

そういうわけにもいかず

どんな状況でもお腹はすく。



外に出るきっかけは…

免許更新だけはしてくれ~!と、母に言われしぶしぶ…(*^^*)

今でも覚えている、外が眩しかったこと。



1年半

美容室にも行かなかった。

(自分で髪を切っていた!)

家が、世界だった。


漠然とした不安はあった。

家族の葛藤も知っていたし。

料理する、洗濯をする、そんなところで

家にいることを良しとしてほしいとアピールしたかったのかもしれない。



母が、味方でいてくれた。

聞いたことがある。

「このままずっと、外に出れなかったらどうする?」

「何年でも、付き合う!」と母は言った。



そんな母が

順番から言えば

先に居なくなる。それを考えるだけで絶望した。



あることがきっかけで

外に出ることができた。

それは「野良猫」だった。



母が、喘息持ちの同居の祖父に隠れてこっそり

野良猫に餌をあげていた。(本当はいけない!)



その野良猫が子猫を一匹、連れてきた!

かわいかてかわいくてたまらなくて。



こっそり家にあげた。(今思うと衛生上よろしくない(^^;)



でも、子猫は、事故で死んでしまった(涙)

(大分、省略します)



食事が喉元を通らなかった。

母猫は変わらず来た。


しばらくして、

「猫を飼いたい」と母に言った。


新聞を読むようになった。

猫、差し上げますコーナーがあって

そこばかり読んで、

たまに、見に行って。




そんなある日、
そのコーナーの隣に

「牧場で 働きませんか?」という

大分 日田での仕事の募集を見た。



心臓がばくばくした。

内心、

いつまでも、家にいる自分は

変わらなくては、と思っていた。

きっかけを探していたのかもしれない。



動物関係で、

しかも、今の土地を離れれば

またやり直せるかもしれない




しばらく一人で悩んで

母に伝えた。



母は、賛成した。



日田の牧場で正社員として働くことが決まった。



1年半の私のひきこもりに終止符を打ちました。



結局、身体を壊して

日田から別府に帰ってきたのですが


その頃には、元気に外に出れるようになっていて。

今度は、水族館や乗馬クラブで掛け持ちしながら楽しく働きました。

野良猫に癒されたから、動物とふれあえる仕事は

続けたかったのですね。




長くなりましたが

「ひきこもり」

私の場合は、「家族以外の人と接点が持てない」「でも、その現状に満足しているわけでもない」「きっかけを探している」

そんなことが今、残っています。


佐賀新聞の記事では

「8050問題」(親が80代子が50代で生活に困窮する問題)もふれられていましたが

私も今40歳。親、70手前です。

あれから続いていたとしたら

8050問題は決して他人事ではなかった。



自力では、なかなか脱出するのが難しい。

中高年ともなると、若いときと違い

就職難が目に見えている

親の介護も生じてくるかもしれない

親が亡くなったら、経済的にも困窮し

状況を知って相談に乗ってくれる人もいない、となると

考えただけで

何とかしないといけないことは重々承知で

逆にテコでも動かない、固まりそうな気持ちにもなる、気がする。






赤ちゃんや、乳幼児期の子育てママに

レッスンでいつも、伝える。


「お名前を 大切に 呼んであげましょうね」



私は 名前を呼ばれなくなる

弊害は大きいと感じる。



家族から大切に名前を呼ばれる。

家族以外の関わりの中で

「名前を呼ばれる」

保育園 幼稚園、学校で先生に

職場で上司や同僚に、

お友だちに、

大切なひとに、


名前を呼ばれることは

自己肯定感を保つ

簡単で、とても大切なことだと思う。


私がここにいる証を

認めてくれる行為だから。



地域の中で

できることなら


今日会える人を 名前で呼びたい。


もう、優先順位からして

ファーストネームを呼ぶのがほんとはいいとかは二の次に、あえてします(笑)

苗字でもいいから

名前を呼ぶ。



親しい関係なら

自然にやって来たこと



もしかしたら、

親しい関係が続いているひとつの理由は


名前で 頻繁に呼びあっているからかもしれません。



連日、ひきこもりをどうしたら良いか

テレビでも議論されていますが



ほんのささやかなきっかけが

大きく人を変えることもあります。



名前で呼ぶ。

明日、少し、いつもより丁寧に

大切に


出会う人を 呼んでみたいと思います。


よかったら、みなさんも。




外に出ても、安心できると思えたら

この数字は きっと減らせる。

お読みいただきありがとうございました。


おやすみなさい!