AKB48の旅

AKB48の旅

万骨枯る

2012年02月14日 | AKB
こういう表現というか言い回しが好ましくないというのは分かってる。けど、ニワカの目にはやはりそう見えるし、結果論としてではあるけれど、見方としてそんなに間違ってるとも思わない。

ようつべで過去のAKBに浸ってる時、見慣れない顔を何人も目にした。いわゆる「卒業生」達。SDN移籍組だと名前も顔も分かる場合があるけど、少なからぬ人はそうもいかない。大島麻衣などは時々テレビで見かけるけど、その雰囲気とかキャラとか、元AKBと言われても違和感すら感じてしまう。

「卒業」が本人の意志なのか、事実上の「解雇」なのか、本当のところは確認のしようがないけど、金スマSPでの麻里子様の証言とか見る限り、少なくとも初期メンの場合は本人達の意志だったんだろう。

結果論とは分かってるけど、現在からその歴史を振り返って見ると、地下アイドルの時代は生き残りをかけた戦いそのものであり、オリメン20名+1名(25名でも同じ)は6名+1名まで刈り込まれたことになる。リアルタイムでは泥舟から逃げ出せたと思っていたかもしれないけれど、結果は逆目に出た。

その後の「卒業」がどういう性格か、いちいち確認はしないしできないけど、やはり結果的には刈り込みだったのであり、あっさんがビットになることは秋元康が決めたけど、そのビットを回す核となるたかみなは、そんな中で立ち現れてくることになる。多くの犠牲を強いる何とも過酷な動的平衡だけど、だからこそそれを自己組織化ととらえることが可能のように思う(既述)。

オリメンの多くがやめていく中、年齢的には大人組の麻里子様やこじはるが残った理由は語られていない、少なくとも私は知らないけど、これも既述のように麻里子様はあっさん、たかみなに「気づいた」からだと推測するし、こじはるはいつも正解が分かる人だからなんだろうと思う。

残った人と後から参加した人、自らの意志でやめた人と解雇された人。何を思うものなのか、そこに居なければ分からないとは思うけど、でも、AKBのキモと私が勝手に思ってる「成長し続ける」「(既存の)大人にならない」とは、不安定で無防備ということでもあり、そんなひ弱な存在がここまで育ったのには、間違いなくこの動的平衡に関わった人々すべての貢献があると思う。何の意味も価値もない言葉だけど、ありがとうと言いたい。