AERA 2012年2月27日号の記事「AKB48は「なりたい自分」になれるのか」の隔靴掻痒感というか、居心地の悪さというか、やっぱ言い切ろうか、不快感、これって何だろう。大アサヒの団塊脳なのかと思って、署名記事なんで「編集部 太田匡彦」でググってみると、アレレけっこう若いっぽい。
何かに似てるなと思って、あーあれだと思い至る、詳しくは書かないけど、記者の取材ってこうだったなと。取材依頼が来て、会ってみると言われてるほど威丈高ではなくて、なんとなく気を許して聞かれたこと以上に何でも答える、資料も渡す。で、いざ掲載された記事が何でそうなる!
この記者、勝手に決めつけのアウトラインを作ってるんだ。今が「絶頂」と断定する、まあそんなに間違ってないかなとか思う。けれども常に加速度として存在するAKBにとって、「絶頂」の実感とかはとりあえずどうでもいいことだろうとも思う。なのに、そこに無駄につまらない物語を設定する。「卒業」をちらつかせる。上位メンやドキュメンタリーの高橋栄樹監督の言葉を都合良く切り貼りする。
やってることが、一例、本ブログなんかと変わらない。敢えてエラソに言えば、なのに情報の収集レベルが低い。分かってないのに分かったつもりになってる。ああ、それも本ブログと変わらんか。つまりは同族嫌悪?
いずれにせよ、ある種典型的な記事かなとは思う。AERAの購読層にとっては、AKBなんてそんなもんなんだろうな。
何かに似てるなと思って、あーあれだと思い至る、詳しくは書かないけど、記者の取材ってこうだったなと。取材依頼が来て、会ってみると言われてるほど威丈高ではなくて、なんとなく気を許して聞かれたこと以上に何でも答える、資料も渡す。で、いざ掲載された記事が何でそうなる!
この記者、勝手に決めつけのアウトラインを作ってるんだ。今が「絶頂」と断定する、まあそんなに間違ってないかなとか思う。けれども常に加速度として存在するAKBにとって、「絶頂」の実感とかはとりあえずどうでもいいことだろうとも思う。なのに、そこに無駄につまらない物語を設定する。「卒業」をちらつかせる。上位メンやドキュメンタリーの高橋栄樹監督の言葉を都合良く切り貼りする。
やってることが、一例、本ブログなんかと変わらない。敢えてエラソに言えば、なのに情報の収集レベルが低い。分かってないのに分かったつもりになってる。ああ、それも本ブログと変わらんか。つまりは同族嫌悪?
いずれにせよ、ある種典型的な記事かなとは思う。AERAの購読層にとっては、AKBなんてそんなもんなんだろうな。