生活様式の変化
トンボがその生涯を始めるときには,将来の華々しい名飛行士を想像させるものは何もありません。孵化した後,水生の幼虫は池や小川の中でじっとしていて動くことが少なく,
近くに来るえさは何でも捕まえようと待ちかまえています。何回も脱皮した後 ― 種によっては数か月,あるいは幾年もかかる ― 幼虫は水から出て葦によじ登ります。そして,驚くべき変態がそこで起こります。
背胸部の皮膚が縦に裂け,成虫になったトンボが抜け出してきます。チョウと同様,新たに現われた成虫は,翅が固くなって新たな生活を始めるまでには数時間待たなければなりません。
何日もたたないうちに,本能的な知恵によって首尾よくえさを捕らえるようになり,複雑な飛行法をマスターします。
やがて,若いトンボは,飛びながらハエや蚊を捕らえるエキスパートになります。毎日,自分と同じ重さに相当する量の虫をむさぼり食って,有益な働きをします。
多くの雄のトンボは,食物の安定供給を確保するため,小さな縄張りを設けて熱心にパトロールします。
アブラムシや甲虫を捕まえる種もいれば,小さなカエルを捕らえるものもいます。熱帯にはクモまで捕食するイトトンボがいます。
このイトトンボは大きなコガネグモの巣の周りを停空飛翔し,その巣の主が残したわずかな残り物をあさりに来る小さなクモを捕らえます。
進化論に不利な証拠
進化論を支持する科学者の多くは,飛行する昆虫の最初のものはトンボだったと考えています。フランスで発見されたある化石は,翼幅が75㌢ほどあるトンボの翅のこん跡です。
それは知られている昆虫の中で最も大きく,今いるどんなトンボと比べても3倍以上の大きさです。
私は,『人間に知られている最も複雑な飛行装置の一つが完全な形で突然現われるということがどうして可能なのだろうか』と自問してみました。
「異質の世界 ― 昆虫の生態を探る」という本は,「翅のない状態と翅のある状態の中間にある昆虫の化石は存在しない」ことを認めています。トンボが,聡明で優れた設計者のみ手の業であることは明らかです。
トンボは地球のほとんど至るところを住みかとすることに成功しました。高山にある湖のほとり,赤道付近の沼地のほとり,さらには郊外の水泳プールのほとりでも,環境に順応して生きています。
私はアフリカの熱帯地方の浜辺で群れをなすトンボを見たことがあります。またヨーロッパでは,単独で飛ぶコウテイギンヤンマがお気に入りの池を厳重にパトロールしている姿も見ました。
そしてフィリピンでは,青葉の茂った渓谷をカヌーで旅したとき,美しいイトトンボがエスコートしてくれ,むきだしの腕に止まることさえありました。
トンボは,地上で最も精巧な航空機の一つかもしれませんが,私はその飛行力よりもむしろ,優雅さや美しさのほうにいつも魅せられてきました。トンボがいると,池や川岸に特別な輝きが加わります。
トンボは理想的な宝石です。いつでもそこにいて楽しませてくれるのです。
[脚注]
ときどきトンボは翅を下に向けて,太陽のほうに向かって体を縦にします。これは,太陽に面する体の面積を最小限にして体温を下げるときの姿勢です。