伊佐子のPetit Diary

何についても何の素養もない伊佐子の手前勝手な言いたい放題

「新解釈・三國志」

2022年01月22日 | 映画
1月21日の初弘法の日、京都市内は大雪が降り、
おつかいへ行くにも大雪の中、傘を差し荷物を持ちえらい苦労をした。

こんなに雪が降るとは思っていなかった。
とても寒くて震えていた。

京都は金閣寺、銀閣寺、そして清水寺はもちろんのこと、
南にある初弘法の東寺も雪に覆われていた。
ブルブル・・・。寒い。
もうこんな寒いのは御免だ…しもやけも全然治らないし、
早く冬が終わって欲しい。
(弱音ばかり)


------------

閑話休題


映画好きの人が久しぶりに超駄作を見たと言っていたので、
かえってどんな映画かと興味を持ち、
「三国志」も好きなので「新解釈・三國志」という映画を
テレビ放映していたのを録画して見ることにした。


この映画の監督・福田雄一は札付きの監督だ。
ギャグとかパロディばかり作っている人だと思うが…
以前、4年前に羽生結弦選手に失礼なことを言った人でもある。



「新解釈・三國志」は噂にたがわずひどい映画だった。


笑わそうとしているのだろうが、笑えないのだ。
寒いセリフばかりで…。

「超」「マジ」というような言葉を三国志の英雄たちが使い、
現代的に見せているのかもしれないが、
ひたすらうんざりするだけだった。


有名なエピソード「桃園の誓い」「三顧の礼」などでも
セリフのやりとりが笑うに笑えなくてがっかり。


脚本を書いたのも監督の福田雄一だが、
受けると思って書いているのかもしれないが面白くない。

呂布と董卓との貂蝉をめぐる連環の計も
アイデア倒れで面白くない…。

アクションシーンもあって、そこはよく作られているものの、
セリフのシーンに切り替わると、またげんなりした…。

要するに笑いが独りよがりだからだろう。
自己満足の笑いだからだと思う。


クライマックスの「赤壁の戦い」の場面での、
火攻めの解釈の斬新さが一応見せ場で
そこは盛り上がるシーンだったが、
今までヘラヘラしていた劉備(大泉洋)がいきなりきりっとするのも
唐突すぎた。


諸葛孔明(ムロツヨシ)の軍師としての頭の良さが
実は妻のアイデアだったというのも、あまり面白くない展開だ。


キャストは豪華な俳優陣を揃えていて、
装置や衣装なども時代考証はともかくそれなりで
大作らしさは出ていたが、とにかく作りとセリフがチープすぎるので
どうしても安っぽさが抜けきれない。


わざわざお金を払って見る映画ではないと思った。
三国志は好きな物語だけに残念だった。








----------------------


フィギュア四大陸選手権がエストニアのタリンで開催されてるが、
関西では放送なし(>_<)。


三浦佳生選手や友野一希選手が出ているのに…。
映像が見られれば試合が終わってから少しレビューしたいのだが。


FOD(フジオンデマンド)で見逃し配信が見られるというが
(有料である)↓

https://fod.fujitv.co.jp/title/1233

アイスダンスの村元・高橋組が2位🥈銀メダルになった。
女子SPでは三原舞依選手がトップで自己ベスト、
男子SPはトップ、チャ・ジュンファンが98.96、友野一希が97.10
ということは点数は甘めだと思うな…。



美術館・ギャラリーランキング

京都府ランキング

フィギュアスケートランキング


ブログ村↓もよろしくお願いします!

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へにほんブログ村

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケート・フィギュアスケートへにほんブログ村





「世界で一番美しい少年」

2021年12月22日 | 映画
ルキノ・ヴィスコンティ監督の50年前の名作「ベニスに死す」(1971)で
美少年・タジオを演じたビョルン・アンドレセンという少年は、
この映画で世界的に有名になった。


その後、彼はどうしていたのか。
どのような人生を歩んで来たのか。

この映画は少年・ビョルン・アンドレセンの過去、
そしてその後の人生をドキュメンタリーで描いたものだ。


ドキュメンタリーにしては映画中の音楽が大仰で、
少しホラーぽいのが気になったが・・。






THE MOST BEAUTIFUL BOY IN THE WORLD
/VARLDENS VACKRASTE POJKE

監督 クリスティーナ・リンドストロム
クリスティアン・ペトリ

出演 ビョルン・アンドレセン

2020年 ‧ ドキュメンタリー ‧ 1時間 33分


公式サイト
https://gaga.ne.jp/most-beautiful-boy/


うシネマトゥデイ
https://news.yahoo.co.jp/articles/8c600739ee5042a0503145747daec4c468ede713
“世界で一番美しい少年”の転落劇…一体、何が彼をそうさせたのか?



「ベニスに死す」は映画館、特別上映、ビデオ、テレビ放送、
そしてDVDなどで何度も見た。

美少年云々というより、ヴィスコンティの映像美に圧倒され、
完璧な映画芸術に魅せられたからだ。

少年タジオはその中で完璧な美の世界を完成させる一つのピースだった。



自分としてはそういう解釈だったが、
今、そのタジオ役を演じた少年のその後のドキュメンタリーと聞けば
やはり見たくなった。


あの美少年はその後、どうなったのか…、
その興味で走るようにして見に行った。
ヴィスコンティは一番好きな映画監督だから。




映画はビョルン・アンドレセンの現在の姿を映し出し
過去を彼自身が訪ね(母の死の謎など)、
そして「ベニスに死す」が熱狂を巻き起こした都市、
東京やパリ、ベニスを旅する姿を映し出す。



ビョルンはあの美少年の姿からは想像もつかないほどの
変貌を遂げている。

髪を長く長く伸ばし(時には三つ編みにするほど)、
髭も長く伸ばし、
まるでイエス・キリストのような仙人のような風貌になっていた。
現在66歳だそうだ。

それでも太っているわけでもなく、腰が曲がっているわけでもなく、
すらりとした体つきはビョルンだと言われなければ、
「ベニスに死す」を知らなければ、
「カッコいいおやじ」と言ってもいい感じだ。


映画は彼の歩んで来た人生を描き出しているが、
その彼の人生の中で、
15歳の時のあの熱狂はどのように位置づけられているのか。





ヴィスコンティがオーディションをしてヨーロッパ中、
映画の少年を探していた模様はドキュメンタリー「タジオを求めて」
という作品になっていたと思う。



そのオーディションの中でビョルンがヴィスコンティに
服を脱ぐようにと言われたシーンはこの映画にも採用されている。


その時のビョルンの戸惑いが今となっては痛々しい。



映画が完成したのち、世界が美少年ビョルンに熱狂したが
それは彼にとって幸福だったのか、ということを映画は問うている。


映画のプレミアなどで熱狂的に迎えられるが、
それは大人たちの好奇の目に晒されることでもあった。



ビョルンに近しい人は、
あれは大人たちがまだ少年だった彼をいじめたのだと言う。

ビョルン本人は鬱とアルコールに溺れた、と言う。



映画では性的搾取については仄めかす程度で
あまりはっきりとは触れられていない。
そこは少し分かりにくかった。

だが大人たちの好奇の目が少年の心を傷つけたとは言えるのだろう。

監督はビョルンと同じスウェーデン出身で、
ビョルンにこの映画の出演を3年がかりで説得し
やっと承諾を得たという。

ビョルン本人が語りたくない部分もあったようだ。



ただ、その後の彼の人生はその15歳の時の熱狂を除けば、
それ以降も人として真っ当に生きて来た。
人生は続く。
彼もまた長い人生を普通に生きて来た。


「天国と地獄」「衝撃の真実」「破滅の軌跡」などと
パブリシティには書かれているが、
ビョルンはただ普通に生きて来たに過ぎないのだと思う。





映画の見どころは当時の東京での出来事だろうか。

「ベニスに死す」の宣伝のためビョルン・アンドレセンは来日。
少女たちに熱狂的に迎えられる。

そして東京で日本語でレコードを吹き込んだり、
コマーシャルに出たりしていた様子が当時の映像で見せてくれる。

ビョルンは日本のコマーシャルにまで出ていたのだった。


彼は日本からのファンレターが一番多かったと証言している。
日本で特に受け入れられたのだろう。
来日したのもそのせいかもしれない。



「ベニスに死す」でのタジオの存在は当時の少女マンガにも
影響を与えた。

この映画では池田理代子が登場し、
「ベルサイユのばら」のオスカルはビョルンがモデルだと明かす。

そして50年ぶりに池田理代子とビョルンが会い、ハグする様子を
映画が捉えている。


ベルばらのみでなく、木原敏江もビョルンに影響されて
彼にそっくりのキャラクターを作っていたような気がする。


日本人にとって、ビョルン=タジオという美少年は
文字どおり「世界で一番美しい少年」として
西欧的なものへの究極の憧れの存在であったのだと思う。



映画は現在のビョルンが東京やパリ、そしてベニスを訪れる。

タジオの面影がまったくない現在の彼は彼自身の人生を歩んで来たが、
あの一時期の熱狂をどのように消化したのだろうか。

ベニスの海水浴場の砂浜を訪れた現在のビョルンのシルエットは
懐かしげにも物悲しくも見えた。



-------------------


ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ベニスに死す』で、
主人公を魅了する少年を演じたビョルン・アンドレセンを題材に
描くドキュメンタリー。
15歳でセンセーションを起こした少年の栄光と挫折、
再生への道のりを映し出す。



宣伝動画↓

『世界で一番美しい少年』12/17公開
 いま明かされる、ひとりの少年の栄光と破滅…。
【映画公式】
https://youtu.be/E1slaCx2pUg



ルキノ・ヴィスコンティ監督がカンヌ映画祭で記者会見を開き、
発言する当時の様子も映画は収録しているが、
ヴィスコンティはフランス語がペラペラで
流暢なフランス語を話していたのが驚き。
教養人であったヴィスコンティは何ヶ国語も喋れたようだ。
イタリア語、英語、フランス語。
多分ドイツ語も喋れただろう。
だから「ドイツ3部作」も作れたと思われる。



ベニスに死す






美術館・ギャラリーランキング


京都府ランキング


フィギュアスケートランキング


↓ブログ村もよろしくお願いします!

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケート・フィギュアスケートへ
にほんブログ村






映画「翔んで埼玉」

2021年10月21日 | 映画

 

ハードディスクの整理をしていたら
「翔んで埼玉」という映画を録画していた。


GACKTが出演しているのと、
その頃よく宣伝していて面白そうだったので録画しておいたのだった。
原作者の魔夜峰央の「パタリロ」も好きだった。

 

【予告編#1】翔んで埼玉 (2018) - 二階堂ふみ,GACKT,伊勢谷友介
https://youtu.be/zykdU8o-Ssg


映画『翔んで埼玉』公式サイト
https://www.tondesaitama.com/one/

https://www.tondesaitama.com/


というわけで「翔んで埼玉」、
脚本は良く出来ていると思う。
ギャグ映画としては面白いのかもしれない。


敵対していた埼玉と千葉がいつの間にか共同戦線を張り、
東京に攻め入るくだりが説明があとになっているので分かりづらい、
という部分などはあったが、あまり深く考えずに最後まで見られた。


まるで川中島の決戦のような川を挟んで埼玉と千葉が対峙するシーンは
面白かった。






映画としては良く出来ているが、
ただ決定的にどう考えても主題にはピンと来ないし、
面白味が伝わって来ない…。

 

関西から見ると地域として東京だろうが埼玉だろうが千葉だろうが
大して違いがないように思えるのだ。

みな同じ関東だと。

関西人には埼玉のこの自虐ぶりが理解できない。

 


東京が巨大都市であるために周辺の関東圏の隣県はその影響を
もろに受けやすいのかもしれない。

 

ただ関東・東京から遠ざかるにしたがって、
東京という大都市の威光もどんどん遠ざかってゆく。


東京にはすべての多くのものが一極集中的に集まっているのは
確かなのだろうとは思うが…

 

が関西には関西独自の文化圏があり、文化がある。
それは東京を介さず、東京を必要としてもいない。

東京から遠ざかるにしたがって、東京の影響力はなくなってゆくのだ。

 


埼玉や千葉はなまじ近いから東京という都市に羨望があるとともに
コンプレックスを感じやすいのではないかという風に感じる。


東京に対して卑屈になっている関東圏の隣県には
たとえそれがギャグであれ、関西人にとって、
なかなか共感も理解も出来るものではない。

 

すべては東京への一極集中という悪癖が生んだ徒花と言うべきか。

 

関東圏に住む人たちには楽しめる映画であるかもしれないが、
それ以外の人たちには何のことか分からない、という、
地域限定映画。とも言えるかもしれない。

または期間限定映画、とも。

 


続編が企画されていたらしいが、
GACKTの体調不良により延期されているという。


GACKTはどうしたのだろう。大丈夫なのだろうか…、

 

俳優陣はみな良かった。

適材適所、京本政樹の埼玉デューク、伊勢谷友介の千葉県人(の何とか)、
中尾彬の都知事、麿赤児というマニアックな人選、
などそれぞれの個性が生かされていた。
主演の二階堂ふみ、GACKTも好演だった。

 

 


美術館・ギャラリーランキング


京都府ランキング


フィギュアスケートランキング

↓ブログ村もよろしくお願いします!

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケート・フィギュアスケートへ
にほんブログ村


「ボヘミアンラプソディ」

2021年06月07日 | 映画

映画「ボヘミアンラプソディ」がロードショーされていた時、
音楽好きの姪にどうだったかを聞いてみたら、

みんなわりと知っていることばかりで、
音楽の監修がブライアン・メイとロジャー・テイラーなので、
ジョン・ディーコンがないがしろにされていて(笑)可哀想だった、
という感想が帰って来た。



姪はまだ30代で若いのだが、70年代ブリティッシュロックが好きで、
マニアックに詳しいのだ。
シド・バレットのCDを持っているのを知った時にはビビった。
(誰も知らない💦)



「ボヘミアンラプソディ」はそれほど興味のある映画でもなかったので、
ロードショーの時は見なかったが、
テレビ放送されたので見てみることにした。



クイーンといえば、一番最初に認められたのは日本だ。
日本がクイーンを発見した、と言っていい。

70年代には日本ではブリティッシュ・ロックが全盛時代。
デビューしたてのバンドもいち早く、日本では競うように聞かれていた。

クイーンも日本のファンにお礼を返すように、日本語の歌を作って歌った。


「手を取り合って このまま行こう
愛する人よ」…


フレディの日本語の発音がとても上手なのに驚いたことがある。




クイーンのアルバムは1枚だけ持っていたかな。
当時、とても流行っていたので、彼らの有名な曲は知っていたし、
活躍も知っていた。


クイーンは特異なバンドだった。
はじめ、単純なハードロックバンドだと思っていたら、
フレディがオペラを好きだったこともあり、
多様な音楽性を持っていた。


フレディがエイズで亡くなった時は公表された次の日だったので、
すごく驚いた覚えがある。




さて、映画「ボヘミアンラプソディ」はいかにも脚本が弱い。

ドラマ部分が大ざっぱというか、雑な感じがした。



フレディ・マーキュリーがゲイだということを分からせるシーンは
少ししかなく、深く掘り下げていない。
エイズを発症するのだから、もう少し丁寧に描かなければならないと思う。


女性の(元)恋人を最後まで登場させる脚本はよいが、
それがかえってドラマを浅くしてしまった。


ということで、ドラマ部分は納得出来ない所が多く、
なぜあれだけ映画がヒットしたか分からない。

大失敗作だが、オリバー・ストーンの「ドアーズ」の方が、
ジム・モリソンの内面を描いていたように思う。



いや、殆どはクイーンの個性的な音楽のおかげなのだと思う。

「ボヘミアンラプソディ」が出来上がってゆく過程を見せている部分などは
なかなかリアル。

そういえばロジャーが自分の歌うパートが来ると、恐怖を感じた(笑)、
とあの頃語っていたと思う。



そして何と言ってもラスト20分にわたるライブ・エイドの場面。


フレディの豊かな声量、広い音域、歌唱力がたっぷり味わえる。
パフォーマンスを忠実に再現したフレディ役のラミ・マレックの熱演も光る。

…しかしあまり好みの顔でないのでアップはつらい(>_<)



ただライブ・エイド場面は
「愛と哀しみのボレロ」のクライマックスを思い起こさせた。

パフォーマンスを通して、それぞればらばらにいる人たちが
一つの思いに結びつく、というような。
カットバックは少しばかり陳腐な手法ではないだろうか。


バンドメンバーのそっくりぶりは見ものだった。


いっそのこと、ライブ場面をもっと多くして、
ドラマ部分をフレディのエイズによる苦悩だけに焦点をあてていたら、
なお良かったと思った。


それでもクイーンを知らない世代の人には、音楽が新鮮に聞こえたのだろう。











美術館・ギャラリーランキング


京都府ランキング


フィギュアスケートランキング


↓ブログ村もよろしくお願いします!

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケート・フィギュアスケートへ
にほんブログ村


「映画 羅生門展」より

2021年03月15日 | 映画

黒澤明監督作品「羅生門」(1950)の映画公開70周年と、
黒澤明監督の生誕110年を記念して、京都文化博物館で、
映画「羅生門」展が開かれた。

会期中、4日だけ映画の上映もあった。

映画の上映に合わせて「羅生門展」へ行き、映画も見て来た。





京都文化博物館
https://www.bunpaku.or.jp/


https://www.bunpaku.or.jp/exhi_shibun_post/rashomon/
公開70周年記念 映画『羅生門』展
2021年2月6日(土)〜3月14日(日)
会  場:京都文化博物館 2階総合展示室「京の至宝と文化」

開催趣旨

「ヴェネチア国際映画祭での金獅子賞受賞などにより
黒澤明の名を世界に知らしめた、
日本映画史上の傑作『羅生門』が劇場公開から70年、
監督生誕110年になります。
それを記念し、作品の魅力を様々な視点で感じていただきます。」




+++


「羅生門」はテレビで見た記憶もあるが、はっきりしない(>_<)。
むつかしい映画、あまり面白くない映画、という印象だったかも…。

そこで、撮影監督の宮川一夫のカメラだけ見るためと思い、
見ることにした。


フィルムシアターは文化博物館の3階にあり、
コロナで密を避けるため、席を78人限定で満席としていた。
普段なら160人くらい収容できるようだ。

それでも早くから満席になっていた。




映画「羅生門」のストーリーは誰でも知っていると思い、
詳細は控えるが、芥川の原作で橋本忍の脚本を黒澤が仕上げた。

大映京都で撮影が行われた。



劇場公開当初、日本ではあまり評判にはならず、
ベネチア映画祭で金獅子賞を受賞して、初めて日本でも脚光を浴び、
逆輸入の形で日本でも認められた、
のも誰もが知るとおり。




今回映画を改めて見て、公開当初、評判が良くなかった理由がよく分かる。

戦後まもなく、まだ人々の心が癒えていないころ、
このような人間心理の複雑さ、人間性の真実、
人の心の深層を抉った不条理劇のようなものは、
高尚すぎて受け入れられなかったのではないだろうか。


最後まで見ても真相は分からなくなってしまう。
まるでカフカの不条理劇のような、
「2001年宇宙の旅」のような不可解さ、難解さである。
(志村喬の真相も果たして真実なのか、と思ってしまうのだが…)




ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得したのも、なぜなのか、
始めは理解出来なかった。

どこが評価されたのだろうか?と。


おそらく、俳優たちの熱演、人間心理の深層に迫るストーリー、
緊迫感を醸成した映画技術が普遍的なものだと認められたからではなかろうか。



この脚本を良しとして、
ゴーサインを出したプロデューサーはえらいと思った。

本木荘二郎という人だ。

製作・配給会社の大映は文芸路線も手がけていたので、
このような作品でもオーケーだったのだろう。




「羅生門展」は京都文化博物館の2階のフロアの一角で、
さほど広くないスペースでの展示だったが、
カメラマン・宮川一夫、俳優の三船敏郎、京マチ子などの
それぞれの撮影台本を展示、

当時の関係者が祇園で酒を飲んだ、などの日記も展示。


撮影時には、羅生門に雨を降らせるため、消防車3台を借りて
土砂降りの雨を再現した、
水に墨汁を混ぜて雨がよく見えるようにした、等の説明。



「羅生門」の撮影の様子を紹介している当時の映画雑誌もあった。

それなりに期待されていたのだろう。





特に目を引いたのは、黒澤明の、ファンからのファンレター(?)
に返事を書いた黒澤直筆の手紙で、
ラストが甘い、と指摘されたらしい。

「羅生門」より「白痴」の方が好きだという興味深い一文も。



もうひとつ、黒澤の言葉が展示されていて、それには

「日本人は日本がきらいだ。
日本人は西欧が好きで、自分たちの国はきらいらしい」

という意味のことが書かれていた。



敗戦で自国に自信をなくしていた日本人が、
自分たちの国の文化を誇れないという、
敗戦直後の日本人の心情を、黒澤は敏感に感じ取っていたのだ。



「羅生門」も日本本国ではあまり認められず、
外国で認められて初めて日本人は、それに目を向けた。

外国に評価されなければ自分たちを認めることが出来ないという、
敗戦直後の日本人の、
自信を喪失した不甲斐なさに喝を入れたかったのかもしれない。




そして「羅生門」がベネチアで賞を取ったことは、
湯川秀樹のノーベル賞受賞のように、日本人に自信を与えた。
戦後、日本映画の質の高さを改めて日本人自身に知らしめることになり、
日本文化の再評価の象徴のようにもなり、
黒澤明の名は戦後日本に鳴り響いた。

「羅生門」はその映画の内容そのものよりも、
外国で評価されたことによる、戦後日本人の自信の拠り所として
名を残すことになったのだと思う。


外国でも沢山の国で上映され、
展示室には各国の映画ポスターが展示されていたが、
外国にも、日本映画の芸術性が
この映画を通して認められたということだろう。




映画は宮川一夫のカメラを見ているうち、
俳優の熱演に引き込まれた。


カメラは直接太陽を映したとして評判になったが、
森の中の木々の葉が、俳優の顔にチラチラと反映するさま、
どのようにカメラを動かしているのか分からないワンカットシーンなど、
白黒のコントラストを強調した宮川のカメラはやはりすごい。


森のシーンからいきなり白洲の場面に変わり、
カメラに向かって俳優がモノローグする場面は、衝撃的でさえある。
まるで実験映画のようで、映画文法を存分に生かしている。


京マチ子のパートでボレロの音楽が流れ、
それが彼女の心理を表すように緊迫感を強調し、印象的だ。

展示によれば、
音楽は、パートごとにまったく違う傾向のものを意識して使ったという。



始め、顔を見せずに登場し、淑やかな風情だった京マチ子が、
白洲での独り芝居をはじめ、パートごとに狂乱する女を熱演、
三船敏郎の荒々しさ、殺陣のリアリティ、
見ているうちに俳優の演技に圧倒されて、退屈はしなかった。

が、退屈はしないが、かと言ってものすごく面白い、
とも言えないとは思う。
人間のエゴの本質を問うた難解な作品であることには
変わりがないと思うからだ。


ただ、戦後わずか5年でこのような人間の本質に迫る格式の高い映画を、
撮影、音楽、ロケ、セット、演技に至るまで妥協なしに
ここまでの完成度で作り上げた演出力には脱帽せざるを得ない。




なぜかオープンスペースにいたまゆまろ( ゚Д゚)



美術館・ギャラリーランキング


京都府ランキング


フィギュアスケートランキング


↓ブログ村もよろしくお願いします!

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他スポーツブログ スケート・フィギュアスケートへ
にほんブログ村