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そこは、狭い灰色の部屋の中だった。
千秋は、畳の上に座って、赤い積み木を積んでいた。もう二十八にもなるのに、なんでこんなことをしているんだろう、と考えていると、ふと背後から呼ぶ声がして、千秋は振り向いた。見ると部屋の隅に、黒い布を頭からすっぽりとかぶった人間がいる。
千秋は肝のあたりをひやりと何かに触られるような気がした。しかし、怖い、という感じはしなかった。なんとなく、その人間を知っているような気がするからだ。
「約束は守るよ」
その黒い人影は不思議な声で言った。千秋は何のことやらわからないまま、だまってうなずいた。すると急に、下腹がきゅっと痛くなった。
いやだよ、と言おうとして、目が覚めた。
白いものが見える、と思ったら、それは小さな子供の足だった。千秋は寝床から半身を起こし、となりのふとんで寝ている娘の真夏の寝相を見た。五歳の真夏は、頭と足を反対にし、枕の上に膝を載せて眠っていた。ピンクのパジャマを胸までたくしあげ、おなかがまるだしになっている。やれやれ、とため息をつきつつ、半ば嬉しそうに、千秋はそっと真夏のパジャマを直し、ふとんをかけてやった。
そしてしばしの間、かわいい真夏の寝顔に見とれたあと、夫と娘を起こさないように寝床から出て、千秋は朝の支度に入った。
着替えようとタンスから黒いTシャツを出した時、ふと夢のことがよみがえった。部屋の隅にいる黒い人影。千秋は子供のころからよくそういう夢を見た。なんだか懐かしいような不思議な声で、その人影はいつも言うのだ。
約束は守るよ。
いや、約束を守るんだよ、だったかな。とにかくそういう感じのことを、人影は千秋に言うのだ。思い返すと、何やらいつも下腹がしめつけられるような不安を感じる。約束? 約束とはなんだろう?
考えようとするが、思考が壁に阻まれたようにその先に進まない。千秋は考えるのをやめて、Tシャツを頭からかぶった。ジーパンも黒いのをはいた。千秋は黒が好きなのだ。地味で、目立たないようなものが好きだ。そんなことが、夢に影響しているのかもしれないと思った。
朝食の支度が終わるころ、真夏と夫が寝室から起きだしてきた。