Joy Yoga

中東イスラエルでの暮らしの中で、ヨガを通して出会う出来事あるいは想いなど。

道のり

2010-06-17 05:31:50 | 日記
 いよいよ始まりましたね、4年に一度のワールドカップ。
 私はサッカーのことはあまりよく分かりませんが、このワールドカップに限っては興味を持って観戦しています。今回は南アフリカでの開催。イスラエルはアフリカ大陸のすぐそばに位置しており、時差はたったの1時間。ですからテレビ画面で観ていても、選手たちに降り注いでいるのと同じ太陽の光を今まさに私も浴びているのだと考えるだけで、臨場感がぐんと違ってきます。

 日本は対カメルーンの試合で見事に白星を挙げました。終始ハラハラドキドキしながら、ボールの動きに一喜一憂する自分の姿にふと我に返り「あぁ、私もやっぱり日本人なんだわ」と妙に納得した90分。
 不思議ですね、日本代表の試合というだけで無条件に大和魂が全開になってしまうって。


 さて、話はサッカーからヨットの話に変わります。
 先週、16歳のアメリカの少女が世界一周の単独航海に出て、インド洋で連絡が途絶えてしまうニュースを知りました。その3日後に彼女は無事に保護されたようですが、その間に私は彼女のことを考えました。
 「どうか無事でいてほしい」という願いと共に、この大胆な冒険に挑んだ彼女の勇気と、彼女を送り出したご両親の胸の内について、あれこれと思いを巡らせていたのです。

 16歳という若さで世界一周の単独航海です。
 比べても仕方のないことですが、やはり私は自分が16歳だった時のことを思い出してみました。多感な時期。もう子供じゃいられないという自覚を持ち、自分の世界を広げていく時代。大人の世界に興味津々、その一方で、大人なんかには絶対に負けたくない気持ちも旺盛で…。
 私自身がとてもアンバランスで危なっかしくも頼りない16歳だったことを思うと、この少女の挑戦がズバ抜けて大胆である以上に、そこには技術的にも精神的にも裏付けられた自信があったのだろうということが想像されます。
 風を読む力、だだっ広い大海原に一人ぽつんと浮かぶ孤独感や不安を克服する強さ。これには大人の私も脱帽です。

 今回の彼女の挑戦、結果的には失敗に終わりました。また、16歳という年齢から、その命をも懸けた挑戦に対しては当然ながら賛否両論があるようです。
 尊い命ですから大事にしてほしいのはもちろんなのですが、今回の挑戦で彼女はきっと学校では教えてくれない多くのものを学んだことだろうと思います。そういう意味ではやはり、成功だけがチャレンジの価値ではないということを、私は自分よりもずっと年下の少女の挑戦から感じ取りました。

 また、二児の母親としては、子供たちが何かに挑戦したいと言い出した時に、どれだけ彼らの意志を尊重してあげているのだろうか、という点についても考えさせられた良い機会になりました。
 これについての答えは、親の私ではなく、二人の子供たちに託されているので何とも言えませんが、彼らの力を信じて冒険に送り出せる親でありたいと思っています。とは言え、つい過保護になってしまったり、その逆もあったり、見極めがなかなか難しいのが現実ですけどね。

 目的の大小にかかわらず、そして、その成功や失敗にかかわらず、チャレンジする過程で得るものをしっかりと自分の糧にしながら、人生という旅を謳歌してくれたらいいなというのが、親としての私の願いです。



 私たちが歩んでいる人生は、それぞれが世界でたったひとつの道のり。他の誰とも違うその道のりに、私たちはもっと誇り高くあっていい。


ナマステ&シャローム
Nozomi

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2 コメント

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桜梅桃李 ()
2010-07-08 18:25:25
はじめてコメントさせていただきます、横です。
私もこの少女の行動について考えた事があるのでnozomiの意見を興味深く読みました。
人というのは個性も色々、桜には桜の、梅には梅の、桃には桃の、李には李の個性があって、違いがあるように。その個性をどう認めあっていくかで良い人間関係が築けるのだと思いますが、それが親子となると難しい部分が出て来てしまうでしょうね。この少女の御両親は、少女が旅を決心した時、親である事よりも人間対人間である事を尊重したように思います。とはいえ、なかなか出来る事ではありません・・・
nozomiはとても素敵なお母さんです。二人のお子さんと旦那さまを見れば一目瞭然です。nozomiと一緒に道のりを歩いてるご家族は、幸せ家族ですよ~!
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人間対人間 (Nozomi)
2010-07-09 01:54:47
☆ 横さん ☆
「親である事よりも人間対人間である事を尊重した」という一文が、私の気持ちにピタッとはまりました。
そうだよね、そういう事なんだよね…としばらく納得尽くしの心境を味わってました。

親としては、ある程度子供をフレーム内に収めてしまった方が楽だし、むしろ、幼い時はある程度そうしなくてはいけないんだけど、子供だっていつかは成長してそこから旅立っていくものね。
その時に親がどういう立場を取るのかということは、子供にとってはとても大きなことのような気がします。

つまりは「子離れ」ということなのだろうけれど、これが「親離れ」より時間がかかるみたいですね…。
きちんと子離れするためには、子供たちとしっかり向き合いながら「今」を過ごしていくしかなさそうです。

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