ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

佐野眞一著「甘粕正彦 乱心の曠野」(新潮社)

2008-06-12 17:32:31 | ときのまにまに
読み始めて1週間、佐野眞一著「甘粕正彦 乱心の曠野」(新潮社)をやっと読み上げました。非常に迫力があったのは、前半のアナーキスト大杉栄殺害事件の真相に迫る部分で、軍事裁判で有罪となり懲役10年の判決を受け、服役した。3年ほど獄中生活後、恩赦により出獄、結婚してフランスに留学、その後の満州での活動や、満映時代のことは、克明に描かれているだけ、ドラマティックではなく、退屈しました。前作の「阿片王──満州の夜と霧──」は描かれている出来事そのものがドラマティックであり、最後まで飽きずに読みました。しかし、この種の歴史小説というものは、娯楽のために読むものではなく、事実はどうだったのかということを、ひとつのストーリーとして読むのであり、その意味では貴重な作品でした。
「甘粕正彦」の方では、わたしの個人的な関心は、甘粕自身よりも、彼の周囲に群がった人々、その中でもとくに、戦後、キリスト教新聞の社長および明治学院の院長を歴任した武藤富男氏との交流関係の方に興味がありました。武藤富男さんは、大杉栄殺害の件については一貫して甘粕氏の無実を信じていたようです。昭和31年には「満州国の断面──甘粕正彦の生涯──」を出しています。武藤氏も甘粕氏と初めてあった頃は、大杉栄を殺害した男と思っていたようですが、何回か会っている内に、この男がとうてい下手人とは思えなくなったと語り、「自分は大杉事件に疑いをもちはじめ、新聞報道や人の噂で人物を推量していたことの誤りを悟った。甘粕は『来たりて見よ』の典型だった」と述懐しています(345頁)。若いときから一貫してキリスト教信仰を貫いた武藤氏にとって「来たりて見よ」という言葉は、イエスに対する言葉であり、非常に思い言葉です。

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