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ぶんやさんの記録

現役最後の説教 大斎節第5主日(2007.3.25)

2017-03-28 14:03:30 | 説教
現役最後の説教 大斎節第5主日(C年旧約聖書) (2007.3.25)

語らねばならない   イザヤ書 43:16-21

1. ヒズストーリー
「主はこう言われる。海の中に道を通し、恐るべき水の中に通路を開かれた方。戦車や馬、強大な軍隊を共に引き出し、彼らを倒して再び立つことを許さず、灯心のように消え去らせた方。初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き、砂漠に大河を流れさせる。野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせ、わたしの選んだ民に水を飲ませるからだ。わたしはこの民をわたしのために造った。彼らはわたしの栄誉を語らねばならない」(イザヤ43:16-21)。

なんという、堂々たる言葉であろう。読むだけで心がわくわくしてくるような言葉である。出エジプトの時の「あの出来事、スペクタクル」がもはや物語としての位置を失う、という。
本日のテキストのキイワードは「物語る」という言葉である。それぞれの民族にはそれぞれの民族が語る物語がある。その物語を語ることによってその民族のことを語り、またその物語を語ることがその民族の使命であるような物語をそれぞれの民族が持っている。それが「ヒズストーリー(歴史)」である。

2. マイ・ストーリーからヒズストーリーへ
しかも、それは民族だけのことではない。個人にも、集団にも、組織にもある。集団とか、組織のストーリーについては、さておくとして、問題は私のストーリーである。人間はすべて自分自身のストーリーを持っている。ただ、それを自覚しているかどうか、ということが個人差がある。生まれた家族環境、民族の状況、文化的背景、友人関係等々、それぞれ異なる物語を持っている。現在進行形のNHKテレビ小説「芋たこなんきん」(田辺聖子原作)等は、戦前と戦中の物語では、私は満州で過ごしたのでかなり違うが、戦後の状況は私が育った大阪の同じ地域なので、多くの点で私の少年時代と重なり非常に興味深い。私にも田辺聖子さんの様な才能があれば、面白い小説が書けただろうと思う。おそらく、多くの人々は自分の物語を書けたら楽しいだろうと思っているに違いない。すべての人々が、それぞれ独特の人生を送っている。それが、マイ・ストーリーである。しかし、それがどれ程興味深いものであったとしても、あくまでもそれは「私の物語」であって、他の人が興味を持ってくれるわけではない。
ヒズ・ストーリーという場合、それは決して種族としての民族説話や神話だけを視野においているわけではない。むしろ重要な点はマイ・ストーリーがヒズ・ストーリーへと展開する転回点である。非常に簡単の実例をあげると、パウロは男である父親と女である母親との間で生まれた。そこにどのようなドラマがあったとしても、それは彼自身の「マイ・ストーリー」である。しかし、「わたしが母の胎内にある時から選び別け、恵によって召し出してくださった神が」(ガラテヤ1:15)というとき、それは「ヒズ・ストーリー」へと転換する。つまり出エジプトの出来事も「モーセの物語」である限り、それは「ヒズ・ストーリー」ではない。神との関わりの中でマイ・ストーリーはヒズ・ストーリー(歴史)になる。
ヒズ・ストーリーとは、神と共に、神に在って生きているという、存在するという神の物語である。神が為された行為、出来事の物語である。イスラエルがイスラエルであるということは、出エジプトの物語を共有するということに他ならない。その時、生まれていなかった者も、その時以後に参加した者も、その物語を共有することによってその民族の一員になる。あの出来事を「私の出来事」として語る者が「神の民」である。
教会の中で、自分の個人的経験を「神の恵の経験」として語ることが非常に少ないと思う。ほとんどないに等しい。信徒も語らないし、聖職者も語らない。日本聖公会の弱さはここにある。あまりにも我田引水で、「神の名を引き合いに」して自分の自慢を語るのは聞いておられないが、神は私たちの日常生活の中で働いておられるのであり、「信仰の故に」経験することは沢山あるはずである。それを語ることは、マイ・ストーリーとしての個人的経験が、交わりの中で共有され、「ヒズ・ストーリー」となる。実は私の宗教経験のほとんどはそのようにして経験されたものである。

3. 新しい物語の始まり
故郷から遠く離れたバビロンの地で、イスラエルの人々が語る物語はやはり出エジプト物語であった。しかし繰り返し紅海渡渉の物語を語りつつ、その心は空しかった。語れば語るほど空しくなっていった。その物語は過去のものになりつつあった。いや、事実それは過去の物語に過ぎない。それが「歴史」というものの宿命でもあった。しかし彼らには「あの物語」しかなかった。
そこに神の言葉が下る。預言者を通して「新しい物語」が宣言される。その物語はまだ始まってはいない。しかし台本は与えられた。それが本日のテキストである。前の物語では、海が陸地になった。しかし新しい物語では「荒れ野に道ができ、砂漠に大河が流れる」。新しい物語には、先の物語にあったスペクタクルはない。しかし荒れ野を切り拓き、国を建設するという希望がある。新しい物語の基調は「建設と平和」である。
新しい物語のモチーフは第1イザヤがすでに語っていた「終わりの日」の叙述につながる。「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(イザヤ2:4) 。

4. 私たちの物語
教会には教会の物語がある。それが復活物語である。教会はイエスの復活物語を語ることによって教会自体を語り、またイエスの復活物語を語り続けることが教会の使命でもある。すべての存在はメッセージを持つことによって存在となる。語るべきメッセージを失うとき、その存在は無となる。

5. 私の退職について──感謝のことば──
牧師としての牧会という仕事は退職する。しかし、メッセージを語るということには定年退職ということはない。体力的に人の前で話しをすることが困難になったら、礼拝などで説教をすることはできなくなるだろうが、それでもメッセージが失われるわけではない。これからも許される限り、どこででもメッセージを語らせていただきたいと思っている。それこそ「パンのためのメッセージ」ではなく、「パンとしてのメッセージ」である。
高校を卒業して、東京聖書学院に入学し、すぐに教会で説教をすることが許されて以来(日本ホーリネス教団では、神学生にも礼拝説教の責任があった)50余年、説教をし続けてきた。聖公会に移ってからでも四日市で5年、京都で5年、西大和では18年、ほとんど毎週説教をしてきた。それでもなお、まともな説教ができていないことを痛感している。しかし、ここまで来ると、「説教しない私」ということが考えられない。聞く人々には迷惑かも知れないが、もし許されるならば、これかも説教をし続けたいと願っている。

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