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断想:顕現後第1主日・主イエス洗礼の日(2019.1.13)

2019-01-11 16:20:30 | 説教
断想:顕現後第1主日・主イエス洗礼の日(2019.1.13)

洗礼  ルカ3:15~16,21~22

<テキスト>
15 民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。
16 そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。
(17 そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」
18 ヨハネは、ほかにもさまざまな勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた。
19 ところで、領主ヘロデは、自分の兄弟の妻ヘロディアとのことについて、また、自分の行ったあらゆる悪事について、ヨハネに責められたので、
20 ヨハネを牢に閉じ込めた。こうしてヘロデは、それまでの悪事にもう一つの悪事を加えた。)
21 民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、
22 聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

<以上>

1. 顕現日(エピファニー)および顕現節
エピファニーという言葉はギリシャ語で「現れること、奇跡的現象が起こること」を意味する。とくに教会暦では人間としてこの世に現れたイエスの神性が人々の前に現れたことを記念する日とされ顕現日として1月6日が定められている。ローマ・カトリック教会では公現祭(こうげんさい)とされ、東方からの3人の占星術の学者が来訪して幼子イエスを拝した日とされる。正教会(ギリシャ正教会、ロシア正教会等)では神現祭と称し、意味づけや日付がかなり異なる。
顕現日以後大斎始日(灰の水曜日、今年は3月6日)の前日までが顕現節と呼ばれる。顕現日は固定祝日であるが大斎始日は復活日の移動に従って移動するため毎年顕現節の期間は異なる。

2. 顕現節第1主日
西方系の教会(ローマ・カトリック、聖公会等)では顕現後の最初の主日は「主イエス洗礼の日」とされる。この出来事がイエスが公に人々の前に姿を現したとされるからである。イエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受けられたということは、先ず間違いがないように思われる。4っの福音書ともその事を明言している。ところが4っの福音書ともその叙述に微妙ではあるが非常に重要な違いがある。事柄がイエスの受洗に関する記事であるから、先ずそのことを確認しておく必要があるであろう。

3. マルコの記事 (マルコ1:9~11) 先ず最初に書かれたマルコによる福音書では、「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて”霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」とある。このマルコの記述がその後のさまざまな議論の出発点となり、イエスの受洗に関する大きな2つの枠となっている。ここでは、一つはイエスの洗礼の際、「霊が鳩のように降った」ということ、もう一つは「天が裂けて『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という言葉が聞こえたということである。これら2つの枠は、4つの福音書とも、それぞれ解釈は異なるにせよ、繰り返えされている。特に、イエスが受洗の際に在ったとされる「天からの声」については、イエスを「神の子」とする信仰において重要な意味を持ち、イエスの姿が変容したという事件(マルコ9:2~13)においても繰り返されている。
イエスを「神の子」とする信仰が定着するに従ってイエスの受洗について問題が発生してきた。つまりイエスの洗礼を授けたとされる洗礼者ヨハネを師とする集団との関係である。彼らもまたヨハネをメシアであると信じ、ヨハネの死後もその教えに従って洗礼運動を展開していた。初期の教会においては洗礼者ヨハネの集団とは類似する点も多く、競合関係にあった。教会内部においても彼らとの関係をどう理解するのかという点では必ずしも一致していない。使徒言行録の18,19章に登場するアポロという人物はイエスはメシアであると公然と語っていたとされるが、彼はまた洗礼者ヨハネによる洗礼を授けていたと思われる。マタイ福音書やヨハネ福音書においてはヨハネ集団を取り込もうとする意図がかなり顕著に見られる。その際に問題になるのがイエスがヨハネから洗礼を受けたという事実はヨハネがイエスに対して上位に立つことを意味する。マタイ福音書におけるイエスの洗礼の場面での会話にはその関係が反映しているものと思われる。
ルカ福音書においては、イエスの受洗に関して授洗者ヨハネの名前や場所「ヨルダン川」、出身地「ガリラヤ」等をすべて削除し、洗礼者ヨハネとの関係を完全に無視している。

4. マタイの理解 (マタイ3:13~17)
さてマルコから約20年ないしは30年遅れて書かれたマタイによる福音書では、ほぼマルコの記録をそのままに受け継いでいるが、ただ一点重要な変更(解釈)を試みている。特に、第1の点「天が裂けて」(マルコ1:10)を「天がイエスに向かって開かれた」とし、「神の霊が御自分の上に降ってくるのをご覧になった」(マタイ3:16)とする。つまり、この情景を見ているのはイエス自身である。イエスの受洗に関してマタイがもっとも問題に感じているのは、なぜイエスは洗礼をお受けになったのかということであり、この点ついてはかなりの人々が疑問に思っていたようである。従って、この記述の前に洗礼者ヨハネ自身がイエスに洗礼を授けることを拒否している。つまりイエスはヨハネによる洗礼を必要としない方であるという主張がある。そこでイエスの洗礼は他の人たちの洗礼とは異なる意味を見いださなければならなかったと思われる。他の人たちとの洗礼との違いが「天が開かれる」という経験であり、天からの声も「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」というように変更され、周囲の人々に対するイエスの卓越性の宣言となる。
ヨハネは明らかに以上の3っの福音書とは系列を異にする伝承を受け継いでいると思われるが、イエスの洗礼については福音書の枠の中にあり、やはり2つの点にこだわっている。ただヨハネの特徴は洗礼者ヨハネの役割を重視し、聖霊がイエスの上に降るのを見たのは洗礼者ヨハネ自身であり、そのことによってイエスが「神の子」であると証言する(ヨハネ1:32~34)。

5. ルカのメッセージ (ルカ3:21~22)
さて本日のメッセージはルカから聞かねばならない。ルカはどう解釈しているのだろうか。
先ず非常に大きな変更は既に述べたようにルカはイエスの洗礼に際して洗礼を授けている人には少しも関心を示さない。むしろ無視しているというべきであろう。そしてもう一つ注意すべき点は、民衆の存在である。イエスの洗礼は民衆の一人としての洗礼である。そして「天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降ってきた」という情景を見ているのは民衆である。つまりイエスの内的経験でもなければ、霊の人ヨハネの霊的直感でもない。周囲のすべての人々が見える形でイエスの上に聖霊が降った。そして「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天の声を聞いたのも民衆である。

さて以上のように4っの福音書を注意して読むと、イエスの受洗ということについて、かなり考え方や理解に相違があることが判る。私たちはそれらの違った理解を前にして、これが正しいとか、これが間違っているというように選択するのではなく、初代教会においてもイエスの洗礼という一つの重要な出来事についていろいろな解釈があり、それらをお互いに尊重しあったという事実を認める必要がある。
さてイエスが洗礼を受けられたとき、聖霊が鳩のように降ったことは目に見えるような出来事であったというルカの解釈は私たちの何を語っているのだろうか。そこに見逃すことが出来ない重要なメッセージが隠されている。
ルカはイエスの洗礼を過去に起こった一つの特殊な現象、イエスの洗礼の時だけに起こった「特別な現象」ではないと主張している。「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受け」(21節)たときに起こった経験として語る。イエスが洗礼を受けたときの出来事は、実は私たち全ての者が洗礼を受けたとき、同じことが起こっている。ルカは洗礼をただ単なる一つの形式的な儀式というようには理解していない。むしろ、その様な理解の仕方が間違っているのであって、洗礼には必ず聖霊が降るというはっきりとした経験と、自ら「神の子」とされたという自覚とが伴うはずのものである。ルカは使徒言行録19:1~7において「ヨハネの洗礼」と「主イエスの名による洗礼」とを区別して論じている。主イエスの名による洗礼においては聖霊の経験が伴うものである。
ルカ福音書のイエス受洗の記事において、もう一つ見逃してはならないことは、ルカがここで祈りということに触れていることである。しばしば、洗礼にせよ、堅信にせよ、あるいは聖餐式にせよ、宗教的な行為というものは形骸化する。形骸化した宗教的行為は気休めとなり、つきあいになる。祈りという内的な営みなしに、形式的に繰り返される宗教行為には聖霊も降らないし、天の声も響かない。

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