ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

4対1

2008-10-24 15:10:34 | ときのまにまに
イエスの十字架の両側に2人の強盗の十字架も立っていた。彼らのうちの1人は十字架の上からイエスに信仰を告白し、イエスから「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われたのは有名な話である。
ところで、劇作家ベケットは『ゴドーを待ちながら』(白水社)の中で、この出来事について触れている。ここでのヴラジーミルとエスとラントとの会話は「間が抜けていて」、何となく印象に残る。2人のうち、少しはものを考えているヴラジーミルがこう言う。
(ヴ)「どうしたことか、福音を伝えた4人のうちそういう事実を述べているのはたった1人なんだ。しかし、4人ともその場に居合わせていた――いや、ともかく近くにはね。それでいて、泥棒の1人が救われたと言っているのは、そのうちたった1人だ」。
(ヴ)「4人のうち1人。あとの3人のうち2人はなんいも言ってない。もう1人は、泥棒が2人とも悪態をついたって言うんだ。
それを聞いて、エストラゴンはやっとこの話に興味をもち、
(エ)「誰に悪態をついたんだ」。
(ヴ)「救世主にさ」。
(エ)「なぜよ?」。
(ヴ)「なぜって、泥棒2人を救ってやろうとしなかったからさ」。
(エ)「地獄からか」。
(ヴ)「いいや、そうじゃない。死からだよ」。
(エ)「で、どうした」。
(ヴ)「で、2人とも地獄行きさ」。
(エ)「ふん、で?」。
(ヴ)「ところが、1人だけは言っているんだ。1人は救われたって」。
(エ)「そいじゃ、両方の意見が違う。それだけのことじゃないか」。
次の台詞が傑作である。
(ヴ)「4人とも一緒にいたんだぜ。1人だけが、泥棒1人は救われたと言う。他の3人より、そいつを信じなけりゃならんのはなぜだ?」。
(エ) 「信じるって、誰が信じてるんだ」。
(ヴ)「そりゃあ、誰もかれもさ、その筋書きしか伝わってないんだ」。
(エ)「世の中のやつはみんなばかさ」。
この2人の馬鹿げた会話をそばで聞いていて、いったい何を考えたらいいのだろう。「ふん」と鼻先で笑って聞き流すか、2人の会話の中に介入して、議論に加わるべきか。 考えようとする「わたし」の頭の中の回路が、どこかはずれてしまうような感じがする。

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