高砂大学院でダンス・ゲーム・ソングという講義があった。
運動できる服装をしてきなさいとの話だったのでどんな難しい運動をさせられるのかと身構えてしまった。
一応運動靴だけ用意していった。
「皆さんレクレーションとはなんだかわかりますか」
誰も答えられません。
「レクレーションという言葉が出来たのは、昭和? 大正? 明治? それとももっと前? 明治の前は何時代? 江戸時代、ではその前は? 鎌倉時代・・・奈良時代・・・」
この先生、何がいいたいの? 皆さん 頭が混乱してまともに答えられません。
そして
「レクレーションという言葉が出来たのは昭和の時代、戦争が終わってからマッカーサーが持ち込んだものです。ではレクレーションとは、何語でしょう。フランス語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、中国語、英語さてどちらでしょう」
またオチョクッテいる。「お隣同士で話し合ってみましょう」
てんでんが好きなこと言っている。
「ハイ、英語です」
皆さん、はじめから、そうだと思っているのだが、先生がよけいなこと言うもんだから、頭がこんがらかっちゃってまともに答えられない。
「レクレーションとは算数の時間が終わって頭をリラックスして次の国語の時間に備える休憩時間のことを言っていました。戦後は忙しくて遊んでいる時間なんてありませんでした。レクレーションが出来るのはお金持ちか、恵まれた一部の人だけでした。そうした中、レクレーションを普及させるため、学校の先生を指導しました。先生がそれを学校に持ち帰って生徒さんに教えました」
という話から始まって
「机を隅っこにかたづけてください」
バタバタと意味が分からぬままに真ん中に広い空間を作った。
「おおおきく輪になって、お誕生日順に並びましょう」
部屋が広いとは言っても100人以上の人が並べるのだろうか。
「お互いに誕生日を聞き合った並んでください」
曲がりながらも何とか並びました。
フォークダンスでも始まるのかな?
と思ったら「3人ずつ組を作ってください」
ますます分からなくなった。
「二人で手を繋いで、あとの一人が中へはいって下さい。それから私がハイといったら中の人がどちらかを向いてください。そして端の人が抜けてください」
端とはどちらの人のこと?考える間もなく
「抜けた人が別の組にお嫁に行ってください」
訳が分からぬままゲームが進んでいく。
やっと要領が分かったところで、
「同じ組の人の名前を憶えましょう」
何のために?
その後どんな遊びだったか覚えていないけど、4人のグループを作って何かをした後、休憩に入った。そして再開する時、
「さっきのグループをもう一度組みなさい」
えぇ?誰だったかな。覚えていません。さて困った。
でも心配することなかった。同じような人があっちにもこっちのもいた。分からない者同士が新たに組を作った。
その後、こっちだよと呼びに来るものは誰もいなかった。お互い様なのか、そんなことをこだわらないのか。そのままゲームが進んだ。
「各組ごとにチラシ一枚ずつ持って行ってください」
先生に言われるままに紙を小さく切って
「親を1人決めてください。残りは子供です。子供は外へ出でジャンケンをします。敗けた人は勝った人に紙を一枚渡しましょう。手持ちが無くなった人はお母さんにおねだりしましょう。」
とかいうゲーム。私は一度も勝つことが出来ずすっからかん。
最後は、中央によってダンス。
「音楽に合わせて、私のするようにお遊戯をしましょう」
ザッピーナスの「恋のバカンス」
彼女のフリをまねればいいのだが、私は音楽は分かるけどフリなんて全く興味が無いので覚えていない。
うまくやれるだろうか。
進行が速いので訳が分からないまま終わってしまった。
「どうです。皆さん仲良くなれましたか」
先生に振り回されたけど、楽しかった。
ダンス・ゲームなんてどうでもいいのだ。楽しければいいのだ。
今日の授業の目的は、ダンスをする事でもゲームをする事でもない。お互いにコミュニケーションが出来るようになることが狙いだったようだ。
私はコミュニケーションが下手で子供の頃は良く仲間外れにされて教室の隅っこで一人淋しくうずくまっていることが多かった。
今日も仲間外れにされたらどうしようと心配で心配で・・・・
でも、そんなことなかった。すぐ誘いに来てくれる人がいて仲間外れになることが無かった。
でもなかには、はじき出されて俺の行くとこ何処だとウロチョロしているひとも結構見受けられた。
そういうことで少しは大人になれたのかなと、なんだか自身が出来た様の感じられた日だった。
物凄いエネルギーです。
目にもとまらぬ速さでおもちゃを振り回します。
よく首がちぎれないものだね。