昭和17年の私立の無線通信士を養成する学校の生徒からの葉書でございます。大東亜戦争は大量の通信士を養成する必要がありました。そこで、この武蔵野高等無線電信学校を含む全ての私立の無線通信士の養成学校を一挙に国で管轄することが昭和18年から開始されました。この新規の学校を無線電信講習所と申します。
ですから、この私立の武蔵野高等無線電信学校は昭和18年から無線電信講習所の東京第2支所に変更されたのです。この新しい講習所で、尋常小学校、高等小学校の卒業生等わずか14才の紅顔可憐な少年たちが、養成期間6ヶ月という短期間ののちに、ぞくぞくと第一線に投入されたとのことです。無線電信講習所の末期には男子の応募が乏しくなったので、何と女子部も作られたとのことです。