民主党小沢一郎は、彼の師匠の田中角栄と並び、日本の対米従属を無視した独歩型保守政治家として、戦後保守政治の中で稀有な存在である。むしろ小沢一郎の独歩性は、師匠の田中角栄を凌駕しており、日本がアメリカの世界戦略を制御することまで視野に入れているように見える。一方で師匠の田中が自分の弟子に裏切られて憤死するまで、自民党の権力支配に執着したのに対し、小沢一郎は約束されていた自民党総理大臣の未来を捨てて、自民党を離脱したことにもその突出した異色性が示されている。
小沢一郎の一貫した政治目標は、アメリカに支配された日本の政治経済構造の補正、および将来的なアジア戦略を見込んだ全方位外交の実現である。そのために日本の保守政治からアメリカ支配を払拭する必要があり、自ら自民党の外に出ることにより、自民党を変える道を選択したものと推測される。そしてこの推測の限りでは、小沢には日米軍事同盟の枠組みを変える意図は無い。小沢の最小限目標は、自民党に並ぶ保守党の創設と政権交代の実現である。この最小限目標は、政界再編を通じて日本の保守政治からアメリカ支配を払拭するためのものであり、アメリカ支配の払拭後に自らが自民党復帰する選択肢まで考えているように見える。
90年初頭に小沢も参画した細川政権が40年続いた自民党の政権支配を終わらせたとき、小沢の目標の一部が実現したかのように思われた。しかし細川政権のポリシーの欠落は、小沢を憤慨させただけであった。翻って現在の民主党はどうかと言えば、相変わらず民主党も小沢の期待に沿わない出来上がりのように筆者には見える。一方で、既に小沢一郎は政治家としてほぼ死に体にあり、そのことも自覚しているはずである。年齢的に見ても、今後の政治的復活を考えていないのではなかろうか。彼が取り得る道は、寄り合い所帯の民主党がかつての日本新党・さきがけ・新生党のように空中分解するのを回避し、日本のための政党として自民党が再生するまでの間、民主党を存続させることである。そのために小沢一郎は、自ら汚沢として汚れ役に徹するのも厭わないであろう。
小沢の政治的影響力を排除するための最初の大きな動きは、2007年末の大連立構想だが、日本の自民党支配の継続が絶望的になった2009年3月からは8月成立見込みの民主党政権での小沢総理誕生阻止、民主党政権が起動に乗り始めた2010年1月からは民主党幹事長ポストからの小沢の失脚、参議院選挙での民主党敗北見込みが確実になった2010年4月からは9月復帰見込みの民主党代表ポストからの小沢の失脚、のために自民党および検察は先手先手で小沢への波状攻撃を行った。(2010年9月の民主党代表選挙は、小沢が菅直人に敗れたため、2010年4月からの検察の動きは空振りに終わった。)一連の動きは一貫した意図に支えられたシナリオに仕上がっている。その意図を読み取ろうとすれば、両者の狙いは小沢一郎であり、民主党なんかはどうでも良いと考えていることまでが見えてくる。逆に小沢一郎が、総理大臣や民主党代表や民主党幹事長という形式的なポストをあっさりと捨てる潔さが、小沢の政治的生命を終わらせるまで執拗に続けようとする波状攻撃の異様さを際立たせている。2010年6月に民主党幹事長を辞任してから2010年12月の現在、小沢は政府閣僚からも民主党要職からも外された民主党のヒラ党員にすぎないのだが、自民党と検察と民放テレビ局は三位一体となって、連日のように国会審議もそっちのけで、このたった一人のヒラ党員を攻撃し続けている。ただしこの異常さは、小沢にそれだけの価値があることの証明でもある。
小沢一郎は改憲論者であり、改憲論は基本的に憲法9条の改正を目指す。したがって小沢の目標は日本の軍事的自立を目指すことになる。アメリカ支配のもとでの自民党の一連の解釈改憲の動きは、常に米軍の軍事行動の補完であり、この状況が変わらずに改憲を実施した場合、日本軍は単なる第二米軍にされてしまう。アメリカはそれを期待するであろうが、日本にとっては悲劇である。米軍は、古くはベトナム戦争、最近ではイラク軍事侵攻と、国際世論を無視して主権国家への軍事介入を行ってきた。小沢でなくとも日本の軍事的自立の道を考えるなら、このような米軍行動に日本が巻き込まれる事態、または米軍の代わりに日本軍を投入させられる事態を避けるべく、あらかじめ考えておく必要がある。
小沢の日本の軍事的自立の現時点の結論は、日本軍を国連軍にすることである。国連主導の軍事行動に限定して、日本軍は行動する。これなら現行憲法の精神を活かし、なおかつ湾岸戦争のような国際危機に日本軍も参加可能になる。ただしこの実現のためには、アメリカによる日本支配の払拭が必要である
しかしもし日本軍が国連軍として自立した場合、困るのはアメリカである。国連決議に従う形で国際世論を背景に日本軍が行動を行う場合、気ままに他国への軍事介入をしてきたアメリカには倫理的足枷が生まれるからである。また日本は湾岸戦争の際に1兆7000億円の資金提供を行ったが、思いやり予算なども含めて、日本の軍事的自立は軍事費という金銭面で日本に財源を期待するアメリカの軍事行動に巨大な不安定要素をもたらす。この意味で、小沢への攻撃の影の主役がアメリカである、との巷にはびこる噂はかなりの説得力をもっている。
(2010/12/12)