電話の向こうで懐かしい声がした。彫刻家の友人の声だ。
「ケンカをうったこと悪く思わないでほしい、申し訳なかった」唐突にそう話されたのだが、こっちはさっぱり記憶がない。おそらく何か勘違いでもされているのだろう。
もうずいぶん会っていない。18年以上になるだろうか。聞けば、「6月号の雑誌に寄稿したので、それをぜひ読んでほしい」という電話のようだった。懐かしいことも話題になり、しばしあの頃のことを思い浮かべる。
たしか83歳になられたと思うのだが豪快な喋りは今も変わらない。
数々の作品はどれも圧倒的な迫力がある。講演会に招いて意気投合し、ふたつの作品の制作にかかわり頻繁に行き来した。アトリエで夜が明けるまで飲み、語り、歌い、踊と愉快な時間を何度も過ごした。
「裸婦像は作らない」そう話していた友人だった。だが、一度だけアトリエで麻の布をかぶせてあった裸婦像の作品を見つけたことがある。水平線のその先の遠くを見つめる澄んだような佇まい。その繊細なタッチにうっとりした。作品を見つめていた私に気づいた友人は「商業ペースに魂を売った作家らの女性を見世物のように蔑視した作品は許せない・・・」と、裸婦像を作らない思いを怒りの声で語ってくれたことがある。
その時、依頼していたブロンズ像のテーマは「怒り」と「抵抗」と「愛」。「テラコッタができたから見に来てくれ」と連絡を受け遠方のアトリエに出向いた。白い布で覆われていた作品の布がおもむろにとられた。
見た瞬間に胸が熱くなり涙が流れた。あぐらをかき我が子を抱く母親の座像。するどいまなざしからは怒りの炎が迫ってくる。あぐらをかきデンと座った力強さには抵抗がみなぎる。我が子を抱くそのやさしい姿に深い愛が溢れていた。
「オレまで泣かさせんでくれ」彫刻家の友人も涙していた。
作品について何も話すことはなかった。魅了されしばらく沈黙のまま何度も作品の周りを回りながら見入った。その夜、「今日は特別に振舞うぞ」とアトリエの囲炉裏を囲んで飲ましてもらった16年物の古酒。そのクースはぶっ飛ぶほど美味かった。
そんなあの日のことが、電話の向こうの声に誘われて、ストップモーションの映画のシーンのように甦ってきた。