2017年6月5日の神学講座は晴天に恵まれ、H神父様のご機嫌も良く、参加者は講義を楽しんでいました。今回はベネディクト16世著 里野泰昭訳『イエス・キリストの神』(2011)の第3章「聖霊」が説明されました。本書の最終章ですが、翻訳でわずか13頁の短い文章です。昨日は聖霊降臨の主日(A年)でしたので、偶然とは言え聖霊論を深く考える良い機会でした。講義は昨日の「聖書と典礼」も使って行われました。この教会のごミサではまだメロディーのついた「ニケア・コンスタンチノープル信条」を歌うには至っていませんが、もう始まっている教会があるのかもしれません。
昨日の主日で、復活節の50日間が締めくくられたわけですが、聖霊降臨は教会の「誕生」の時を記念するので、キリスト教の「教会」が「生まれた日」ということになります。特に、第二バチカン公会議以降さまざまな形のペンテコステ刷新運動、聖霊復興運動が盛んになり、今日でもさまざまな運動が存在する中、それらの試みをきちんと評価するためにも、ラッチンガーが、そしてH神父様が、これらの運動体をどのように説明されるか興味がありました。なぜなら、それらの試みはどれも教会の現状を批判し、「誕生日」に戻りたい、聖霊降臨時の「教会」に戻りたい、と考えている点では共通しているように思えるからです。
H神父様は本章の説明に入る前に、三位一体のエンブレムについて蘊蓄をかたむけられました。伝統的には三角形を使って三位一体を表すのが通例で、いくつかの例を示されました。ネットで検索すればたくさんのエンブレムを見ることができますが、最も標準的なものをひとつ本文末尾に例示しておきます(右側の図)。そして本書の訳者里野氏は「解説 三位一体について」のなかで新しいエンブレムを紹介しており、これについても説明を付け加えていました。左側の絵になります。念のためにこれもここに例示しておきたいと思います。H神父様も自分が子供の頃見た三位一体の絵は、三角形のなかに神の大きな目が描かれ、悪いことをするなとばかりこちらをにらみつけているもので怖かった、と昔話をしておられました。参加者もそうでしたねとうなずいている方が多かった。これらエンブレムの話はなにか昔の子供向け公教要理みたいでしたが、講義への導入としてはこれはこれで面白いものでした。
さて、本論です。ラッチンガーは本章をつぎのような書き出しで始める。「私たちは三位一体の神を信じます。ところで、・・・・聖霊は知られざる神なのです。」確かに、父と子についてはいろいろ語られるが、聖霊についてはほとんど語られない。我々もこれと言った確定的なイメージが湧かない。なぜなのか。なぜ教会は聖霊について語ることが少ないのか。
ラッチンガーはその理由として、第一にマニ教の影響、第二にモンタニスムの聖霊運動を指摘する。これはこれで重要で、あれこれ論じたいところだが、ラッチンガーは軽く触れるだけで済ましている。ラッチンガーが最も大きな理由としてあげるのはヨアヒム・フォン・フィオーレ(1130-1202)という中世イタリアの神学者、神秘主義者である。
日本ではフィオーレのヨアキムと言った方が通りが良いかもしれない。例えば、ナチズムの「第三帝国」とか「総統」という概念はヨアヒムに淵源がある。西洋哲学史ではヨアヒム→ヘーゲル→マルクス→ヒットラーは一つの流れとして理解・説明されることが多いという。ヨアヒムは「危険な」神秘主義者であった。教会から異端にこそされなかったようだが、その思想をどう理解し、位置づけるかは、神学者・哲学者の間でも共通理解はなさそうだ。このヨハヒムをラッチンガーは聖霊論衰退の第三の理由としてあげる。しかも、ヨハヒムを批判するどころか、ヨハヒムの神秘主義思想をそれなりに肯定的に評価し、しかも、それを極端な形で曲げて理解・発展させたフランシスコ会聖霊派にその源を求めていく。聖フランシスコその人の思想ではない。フランシスコ会全体ではない。その中のある特定の人々がヨアンヒムの思想を極端化し、やがてフランシスコ会聖霊派(ベガンと呼ばれたフランシスコ会第三会)は異端として排除されていく。(異端は背教、離教とは異なる。異端とは、受洗した者が、真理を執拗に否定または疑問視した者のことと定義されている。異端heresyは謬説heterodoxyと同じではなく、それを「選択する」hairesisという意味が込められているという)。
では、ヨアヒムの思想とはどういうものだったのか。ラッチンガーは言う。「ヨアヒムについては詳しく扱うだけの価値があります・彼においては、聖霊について語ることの可能性とその危険について非常にはっきりと示すことができます。」ヨアヒムの思想的貢献のなかで最大のものは、歴史の進展を「発展段階」としてとらえたことだった。歴史とは単に時間が過ぎていく、物事が繰り返される時間の流れなのではなく、ある目標に向かって段階的に進んでいくものだという考え方に到達したことだった。現在では歴史の中に進歩・進化・発展(progress/evolution/development)を見いだし、そこには段階がある、という考え方はそれほど異例ではない。むしろ普通の考え方といってよいだろう。しかしヨーロッパ中世においてはそういう思考は見られなかっただろうし、ましてや使徒の時代、教父の時代には考えられなかったのではないか。ヨアキムはこういう考え方を、三位一体論から導き出した。「旧約における「父」の国、その時代までの教階制的なカトリック教会に代表される「子」の国の後に、1200年頃から第三の国として、「聖霊」の国、自由と世界平和の国が現れるであろうというのでした」(131頁)つまり、真に「霊的な」キリスト教を今ここにおいて生きるという方向性を示したわけだ。聖フランシスコはヨアキムの指し示した生き方を実践した。だが、聖フランシスコの後継者たち、フランシスコ会の修道者たちの一部はあまりにも厳格にその教えを具体化し、実践した。それは「誤ったヨアヒム理解」であった。かれらは、「子への信仰はそっちのけで、理想社会の建設を求めて、高く昇ろうとする教会の中の一派であり、理想社会への期待自身非合理的なものであるのに、それを現実的で合理的なプログラムであると詐称する者たち」であった。
聖霊の神学、聖霊論は子への信仰を離れてはありえない。聖霊は子の息(いき・息吹・風)なのであり、「聖霊が私たちを子に導き、子は父に導くのです。」とラッチンガーは言う。ここで、ニケア・コンスタンチノープル信条のなかの一節を思い起こしてみよう。われわれはごミサごとにいつも唱えているお祈りであり、あまり深く考えたことはないが、少し思い起こしてみよう。「聖霊は、父と子から出て」とある。聖霊は「父」からのみでるのではない。「子」からも出る。これが長く苦しい論争の末にローマ・カトリック教会がたどり着いた三位一体論である。現在でも聖霊は父からのみ出るという考えや思想は生きている。カトリックにとり、聖霊は子の息だ、という考えがいかに重要か、ラッチンガーは繰り返し説明していく。
ここでH神父様は面白い話を紹介された。教理の勉強会で三位一体の話をしているとき、時々出る質問は、「父と子と聖霊は三位一体だと言うけれど、では母はどこにいるの?聖霊は母ですか?」というものという。聖霊は母ではない、ということを説明するのに苦労するという。神に性別(sex,gender)はない。「父」が「白髪のおじいさん」というイメージは旧約聖書に根拠がないわけではないが、神が男か女かは誰も問わないのではないか。
つぎにラッチンガーは聖霊降臨について話し始める。ヨハネ14・22-31だ。聖書は聖霊をそれ自身としては描写しない。「わたしたちが聖霊を認識できるのは、その働きの中においてのみです」(135頁)こういう表現だと、社会学から見れば、聖霊は実体ではなく機能だ、と言っているように聞こえる。むしろ、「聖霊を見ることができるのは、自らのうちに聖霊をもっている人だけです」(136頁)の方がわかりがいい。つまり、聖霊はイエスの言葉のなかに住んでいる。聖霊は言(ことば)だ、といってもよいのかもしれない。日本語には「言霊」(ことだま)という言葉があるのだから、こういう説明の方がなじみやすい気がする。
聖霊の「働き」とは「思い出す」ことのうちにあるという。わたしにはあまり良く理解できなかったが、ラッチンガーによれば、「聖霊は自分から語ることはなく、イエスの「わたし」から語る」(138頁)のだという。父・子からわかれて、独立して聖霊論を展開することはできないということなのであろう。
このあと、ラッチンガーは、聖霊とは「パラクレート」のことだというヨハネの説明を紹介していく。新共同訳の聖書では、「弁護人」と訳されている(ヨハネ15:20)、聖霊は弁護人だ、といわれても日本語としてはピントこない。ラッチンガーは代弁者、助け手、慰め主という言葉を用いて聖霊を説明する。なぜなら、聖霊降臨を図式的に説明する普通のやり方をヨハネは批判するからだ。聖霊降臨は、普通は、イエスはご復活後40日間地上を歩み、やがて昇天し、さらに10日後に、つまり50日目に、(五旬節 ペンテコステ)に聖霊が天から与えられた、これが教会の成立の始まりである、というものだ。だがこのルカ的な説明はあまりにも図式的だ。ヨハネ的に言えば、聖霊は「ディアボロス」(告発者、中傷者)に対立するから、聖霊の賜としての「カリスマ」が生まれてくる。「異言」はカリスマの典型例だ。といっても、異言には単なる外国語という意味の場合と、理解不可能な音声の羅列を意味する場合がある。こういうカリスマ概念はやがてM.ウエーバーのカリスマ概念に引き継がれていくが、それはラッチンガーは別の本で論じているので、ここでは詳しくは説明されていない。
最後に神父様は興味深いことを言われた。ラッチンガーは、三位一体説を使った歴史の発展段階説を唱えたヨアキムを肯定的に評価しているが、これは勇気ある試みのように見える。歴史の発展の終局がわからないまま進歩・発展していく現代社会を批判できる視点として、「神に回帰する」という発展の方向を強調しているのがヨアキムである、と言われた。「神に回帰する方向での歴史の発展」という整理の仕方はわたしにはすごくグノーシス主義的な響きがある説明に聞こえた。歴史の終局は、キリスト教では最後の審判であり、救済である、というのがオーソドックスな公教要理レベルの説明だとわたしは思っているのだが、今日の暑さに頭がやられて、とんでもない思い違いをしてしまっていたのかもしれない。
わたしが一番興味があった聖霊復興運動については、ラッチンガーはほとんど語らずで、また、H神父様もあまりはっきりした言及はされませんでした。聖霊の神学はまだまだ発展途上なのかもしれません。