カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

「神学ダイジェスト」にみる今日のマリア論 ー 聖母マリア(13)(学びあいの会)

2022-04-11 09:32:14 | 神学


 現代のマリア論の理解のために、上智大学神学会発行の機関誌「神学ダイジェスト」131号(2021年冬季号)の特集「今日のマリア論」が紹介された。5論文中4本の論文の要旨が紹介された。わたし自身はこれらの論文を読んでいないので不正確な紹介になるかもしれないが、現代のカトリックの神学者たちが、マリア論の中でなにを主要な問題として捉えているかを知る手がかりとして、簡単に目を通しておきたい。現代カトリック神学におけるフェミニズム神学、解放の神学のインパクトの大きさを垣間見ることができる。なお、この機関誌の編集長は光延一郎師のようだ(1)。

 

神学ダイジェスト

 

 

 *目次は次の通り*

〈巻頭言〉今日のマリア論について………………………………………岡立子
神学の内に示されるマリア論の新たな方向性 ……………………………M・マッケンナ
貧しい人々と現代の「霊」が示すマリアの教義の意味…………………I・ゲバラ/M・C・ビンゲメア
マリア研究の母体としてのガリラヤ………………………………………E・A・ジョンソン
正教会とカトリック教会の神学におけるマリア論………………………B・E・デイリー
ニコラオス・カバシラスの『受胎告知についての説教』を読む………P・プロスペリ
――――――――――――――
聖ヨセフ年 ―父の心で― ………………………………………………J・アローショ=エステベス
――――――――――――――
私は思ったより大丈夫〈連載 霊性心理〉 ………………………………ホン・ソンナム


 *論文の概要*

 【1】 「神学の内に示されるマリア論の新たな方向性」 M・マッケンナ(アイルランド 聖母マリア・エキュメニカル教会ダブリン支部長 神学博士)

マリア論の旅路

①教会におけるマリア論の位置づけの歴史的展開

・第一段階(聖書):マリアと教会を一つと見なす福音書の見方
・第二段階(古代):マリア論は教父たちのキリスト論と教会論の中に位置づけられた マリアはテオトコス(神の母)である
・第三段階(中世):マリアを教会から離れた存在として崇敬した。無原罪の御宿りと被昇天の教義。アベマリアの祈り、サルベ・レジナ(天の元寇)の原点。宗教改革後はマリア論は分裂する
・第四段階(啓蒙主義時代):歴史批判的な見方が優勢。歴史のマリアを信仰から切り離す。実証主義・合理主義の立場から超自然的な考えを否定した
第五段階(現在):3つの側面がある
 a:第二バチカン公会議の教会憲章第8章のマリア論
 b:マリアに関するエキュメニカルな対話の促進
 c:フェミニスト神学:教会における歴史的な女性軽視の見方からマリア論を考察

②マリア論の新たな方向性

第六段階:マリア論には、三位一体論的・キリスト論的・教会論的・救済論的・終末論的側面があるため、マリア論の首尾一貫した全体性と総合的神学的省察がもとめられる。さらに、神学内におけるマリア論に相応しい位置づけが必要である。それによりキリスト教の神秘におけるマリアの真の姿が理解される。

【2】 「貧しい人々と現代の「霊」が示すマリアの教義の意味」 I・ゲバラ/M・C・ビンゲメア(ブラジル人神学者 元寇のアウグスティヌス修道女会会員 教皇立リオデジャネイロ・カトリック大学神学部教授)

貧困に苦しむラテン・アメリカを背景にマリアの教義を見直し、その意味を探る試み

①4つの教義
 テオトコス、処女懐胎、無原罪の御宿り、被昇天、の背景と伝統を歴史的にたどる
②貧しい人々の教義学
 教会において神学、特にキリスト論は従来、男性中心の伝統を持つ。ラテン・アメリカの民衆はイエスの教えを理解しているが、イエスよりもマリアへ一層の重きを置いている。マリアは人々を慰め、守ってくれる母。空腹と泣く子・失業・病・不作・住む家の喪失など日常の苦しみにあえぐ民衆は母なるマリアにより頼む。扶け手としてのマリアにイエス以上の信頼を置く。マリア信心は生活に密着した素朴で実存的なものである。
 教会が貧しい人々の教会であるためには、今日のラテン・アメリカの民衆の持つマリアとの実存的関係性に目を向けることが必要である。

【3】 「マリア研究の母体としてのガリラヤ」 E・A・ジョンソン(米国フォーダム大学名誉教授 カトリックのフェミニスト神学者)

①福音書の歴史批判的研究

 歴史批判的研究は、様式・文学的成り立ち・社会的背景の研究にくわえて、聖書以外の文献も研究する。さらに、ローマ支配下の1世紀のパレスチナ地方の政治的・経済的・社会的・宗教的状況についての歴史学の研究によって、福音書の記述は具体性を持つようになった。これらの研究成果をマリア論に利用する。

イ)考古学的文化研究
ガリラヤはユダヤとは異なり、緑豊かな農業地帯。住民は農民または職人。ナザレは貧しい寒村。マリアはおそらくセム系の特徴を持ち、厳しい労働によって頑丈な体格を持った女であったであろう。(西洋の名画に描かれるマリア像とは全く異なる)。マリアの夫は村のテクトン(職人 大工とは限らない)だった。
ロ)経済的研究
人口の1割は上層階層、8割は貧しい庶民。中流階級は存在しない。1割はその下のアウトサイダー。社会的不公平は著しく、しかも3重の課税に苦しむ。
ハ)政治的研究
ローマの間接統治のもと、ヘロデ大王の贅沢と建築熱による重税に対して、ガリラヤの反乱が起こる。ローマ軍により壊滅的被害を受ける。
ニ)宗教的研究
マリアとヨゼフは熱心なユダヤ教徒として、律法にしたがい日々の祈りと安息日の務めを果たし、たまにエルサレムへ巡礼した。。マリアは二つの宗教世界の分かれ目の先端に立っていた。
②マリア神学の意味
信心的アプローチから歴史的アプローチへの転換。神の啓示、救済、伝達の行いは歴史の中で起こった。状況神学は神が歴史において抑圧と死に打ちひしがれた人々の希望である事を示す。
イ)正義の神の顕れ
解放の神学者グティエレスはマグニフィカトを、抑圧された人々に向けられた神の愛について語っているものとする。米国のヒスパニック共同体の神学者たちも、貧困と抑圧の歴史にマリア論のルーツをみる。人権と平等を求めて闘う女性にとって伝統的マリア論は、家父長制的・男性優位的で、女性性の役割を軽視していると思われる。ガリラヤのマリアを通して別のマリア論が提唱される。
ロ)教会にとってのマリアの意義
マリアへの対処について二つの可能性がある
A:マリアは教会共同体の仲間であるとする考え方
B:マリアを信者の擁護者、パトロンとする考え方(上下関係)
当初は両者が両立していたが、中世以降はパトロン型が優勢となった
ハ)結び
歴史的想像力を働かせることによって、福音書に描かれているマリアの実像を示し、今日における抑圧・貧困・女性差別を改める正義の探求をマリアと結びつける。

【4】 「正教会とカトリック教会の神学におけるマリア論」 B・E・デイリー(米国ノートルダム大学名誉教授 イエズス会司祭)

 カトリック教会のマリアに関する諸教義についてプロテスタントは一般に否定的である。例えば、K・バルトは、カトリックがマリアに与える「特権」は異端であるとすら言っている。その理由は、人間の救いはキリストの贖いのわざのみによるのであり、人間の受容性と自由が決定的役割を果たすとする考えは異端と考えられるからである。したがって、被造物であるマリアの救いにおける決定的役割は認められない。
 一方、正教会においては、そもそもマリア崇敬は東方教会からカトリック教会へ伝えられたものであり、両者のマリア論に本質的差異はない。では、近年のカトリック教会が定めた二つの教義(無原罪の御宿りと被昇天)を正教会が批判するのはなぜか。東方教会は聖書による基礎的・根本的諸真理を優先して教義となし、それ以外を教義とすることを慎むからである。すなわち、両教会のマリアの教義に対する態度の違いはその表現のしかたにある(2)。


1 光延一郎師はYouTubeでも「カトリック神学・霊性フォーラム Come and See !」というタイトルで神学講座を開いておられる。
https://www.youtube.com/channel/UCvtEZXwiSAcqTeaRK1nUy0g
なお、本特集号の第4論文「正教会とカトリック教会の神学におけるマリア論」については2022年3月29日のチャンネル「マリアについて、プロテスタントの方に何を言うか?」で詳しく解説しておられる。https://www.youtube.com/watch?v=ORMgCBDgFf0&t=459s
2 実はこの機関誌の紹介のあと、「ウクライナとロシア」というテーマでロシア正教の紹介があった。時事的なテーマで、直接マリア論に関わる話ではないが、現在の「ウクライナ紛争」についてのS氏の解説も示された。現在進行中の事案なのでコメントは控えたい。なお、氏は現在の軍事侵攻を「紛争」と呼んでいる。宣戦布告がないので戦争とは呼べないのであろう。

【1】ウクライナの歴史
 9世紀にキエフ大公国成立。ウクライナ人を中心とする東スラブ民族の連合国家。988年にビザンツ帝国からギリシャ正教を受け入れる。13世紀にモンゴルにより滅亡。その後北東にはモスクワ大公国が建国される。ロシア人が中心で、ウクライナも包括した。ウクライナとは古代ロシア語で「辺境」の意。
 その後帝政時代とソ連時代を通じてウクライナはロシアの一部となる。18世紀にはロシアはオスマントルコからクリミア半島を奪取。クリミア半島はロシア海軍の重要拠点で核心的重要性を持つ。ソ連時代にフルシチョフがクリミア半島をウクライナに編入した。
 1991年ソ連崩壊によりウクライナは独立した。ソ連時代のワルシャワ軍事機構のメンバーである東欧のソ連衛星国(ポーランド・チェコスロバキア・ルーマニア・ハンガリー・ブルガリア・東ドイツなど)は次から次へとNATOに加盟した。プーチンは、ベーカー国務長官がゴルバチョフにNATOの東方拡大はしないと約束したにもかかわらず守らなかったので騙されたと怒る。プーチンはNATOをロシアにとっての脅威と見なしている。
 2008年に旧ソ連の一部であったジョージアがNATO加盟を希望したことに激怒したプーチンはジョージアに侵攻。2014年にはウクライナの親ロシア政権が崩壊。親西欧政権誕生に危機感を募らせたプーチンはクリミア半島を占領。このときはウクライナの抵抗はほとんど無く、作戦は数日で完了。西側は経済制裁を実施し、関係が悪化。

【2】ロシア正教
 キエフ大公国は988年にギリシャ正教を採用。ロシアは現在自分をギリシャ正教(ロシア正教)の本山と考えている。
 東方教会はコンスタンチヌス大帝以来の伝統で、世俗の君主が「神の代理人」となる傾向がある。西方教会の教皇の地位を皇帝が担った。ロマノフ朝でもしかり。ソ連時代は共産党政権がキリスト教を迫害。教会は迫害を恐れて共産党政権に追随することを選んだ。ソ連崩壊後、ロシア正教を共産主義の代わりに国家のイデオロギーとする。プーチンはロシア正教会を支配。教会は全く政権批判をしない。

【3】ロシアの実力
 ロシアは国土面積では政界最大。人口は約1.4億人。GDPは韓国並みで日本の約3分の1、アメリカの10分の1以下。かっての超大国の姿はない。

【4】今回の紛争の経緯
 ウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー(1978年生まれの44歳)は2019年に大統領選出馬。2021年に政権誕生。政治姿勢はポピュリストとされる。ユダヤ系でロシア語は堪能で英語も話すという。東部のドンパス紛争で主権が侵害される中、ゼレンスキーがNATO加盟と2014年に奪われたクリミア半島奪還を宣言したため、プーチンは2022年2月24日にクリミア侵攻を開始した。プーチンの目的はウクライナのNATO加盟阻止と親露傀儡政権の樹立にあると言われる。ロシアに屈しないゼレンスキー大統領の姿勢は国民に支持され、軍事侵攻以前の2月23日時点での支持率41%は侵攻後91%に上昇したという。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると4月8日時点で、ロシアの侵攻を受けて国外に避難した人の数は444万人あまりという(総人口4300万人余、面積は広く、日本の1.6倍でフランスよりも大きい東欧の大国)。

ウクライナの位置(2022年2月23日時点)

 

 

 

 

 

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