暑い中を映画を見に出かけた。コロナ禍で映画館は避けていたので久しぶりだった。
この映画の原題は Young Plato だという。「少年プラトン」とか「子どもプラトン」とかいう意味だろう。プラトンとはギリシャの哲学者プラトン(前428-前347)のことである。プラトンのように哲学する小学生という意味のようだ。
では何を哲学するのか。結局は、子ども同士のけんかを例にとりながら、「暴力は暴力を生む」(Violence breeds violence)という問題を子ども自身に考えさせながら、北アイルランド問題やベルファストの将来を展望させるということらしい。
北アイルランドのベルファストにあるホーリークロス男子小学校(Holy Cross Boy's Primary School)が舞台だ。つまり女の子はこの映画には登場しない。主役は哲学の授業をするマカリービー校長先生(ボス Boss)か子どもたち(10歳前後)かよくわからないが、内容はドキュメンタリー風の北アイルランド紛争(1)だ。主題は子ども同士のいじめ問題だが、これがカトリック対プロテスタントの対立の比喩であることはすぐにわかる。「やられたらやりかえせーーでいいのですか。なにかほかに手立てはないのですか」と問うマカリービー校長とカウンセラー役の女性教師の活躍が描かれる。
宗教映画ではない。だが日本のカトリック中央協議会も後援しているから、カトリックサイドからの描写だ。1998年の聖金曜日合意(ベルファスト合意、Good Friday Agreement ,英・アイルランド・北アイルランド間で結ばれた和平合意)から20年あまり経ち、ベルファストではまたあちこちで衝突が生まれているようだ。巨大な「平和の壁」が実は分断の壁、分裂の壁であることが描かれる。
この映画は監督の自伝風でもあるので監督が何を訴えたいのかを知りたいところだが、明白なメッセージは読み取りにくい。むしろこの映画に何を読みとるかは観客次第だろう。哲学論(人生論)か、宗教論か、政治論か(2)。いろいろな読み取り方が可能なので一緒に映画を観た友人との感想話には事欠かないだろう。
とはいえ、この映画は北アイルランド問題に少し予備知識が無いと理解が難しそうだ。カトリックもプロテスタントも内部は分裂している。Unionist vs. Royalist(統一派対王党派), Republican vs. Nationalist(共和派対民族派)、聖公会派対長老派(3)などなど。また、この映画ではコロナ禍も触れられており、ことによったらEU離脱問題も影響を与えているのかもしれない。ということでなかなか手強い映画だという印象だった。
ということでこの映画には終わりはない。映画も壁に絵が描かれて突然終わる。いろいろな映画賞をもらった名映画ということだが、映画のタイトルがあまりピンとこないので大ヒットにはなっていないのは残念なことだ。
【学校の壁の絵】
注
1 「北アイルランド紛争」とは Northern Ireland Conflicts のこと。北アイルランド問題と呼んだり、呼称は定まっていない。呼び方次第で論者の立場性が明らかになるので、表現の仕方が難しい。 The Troubles ともよく言われるがこれはカトリックサイドからの呼称ではないか。
2 カト研として言えば、今年はジョンストン師の(仏教風に言えば)13回忌なので、師の故郷の現在を知ることが出来てよかった。師があれほど愛したベルファストは、師が1930年代、1970年代に観たベルファストと変わったのだろうか。
3 以前はアイルランドでは長老派のプロテスタントはイギリス国教徒ではないので差別されていたという。いわゆる「スコッチ・アイリッシュ」「アルスター・スコッツ」問題だ。