1月9日 先生の所で初釜があり外人さんが参加しました。昨年秋からお稽古に通っています。今年秋には帰国されるのでそれまで日本文化に親しみたいそうです。振り袖姿も良く似合っていましたし、初釜の後に彼女がお薄を点ててくました。美味しかったですよ。
掛け軸は、「松無古今色」でした。(松に古今の色なし)
これは、次に「竹有上下節」(竹に上下の節あり)の句があり、これで対になっています
松樹千年翠」という語もあるように、松は古葉、若葉の交替はあって
も、季節の移りの中でもその翠を保ち、古松に見る年月を経ても翠は
変ることの無い一色平等を「松に古今の色無し」の語で示し、「竹に
上下の節あり」の語で上下の差別歴然たる相を示している。
竹にははっきりとした上下の節があり、上下の区別がつけられる。
松には千年にわたる翠の平等がありながら、その中には古今の差別が
歴然としてあるし、竹の節には歴然とした節という上下の区別をみる
が、同じ一本の竹には上下の優劣は無く平等である。
世の中のすべては同じであるわけは無い。それぞれにはそれぞれの
特徴があり、役割が違う。差別歴然であるが、その役割、いのちは
みな平等であり差別は無い。
しかし、節操の無い平等は自然に調和しない。家庭には親子があり、
男女があり、社会には長幼の序があって調和する。一人一人平等で
あるが、平等一辺倒でも世の中の成立はありえない。
そこに「竹に上下の節あり」の意義を感じなければならない。
~朝日カルチャー「禅語教室」より~
10日に紹おう棚の炭手前とお薄の初稽古をしてきました。
今年も、茶道の心を少しでも自分のものにしたいと思います。