あるときまで 私は冬の寒さは平気でも
夏の暑さがひどくこたえていました。
夏に弱い体質なのだ ・・・ と思っていました。
梅雨があけると 「ああ また暑い夏が始まる」
と心のなかでつぶやいたものでした。
これは夏にたいする不平です。
自然現象に対して不満をいったとて
なにも得るところはありはしません。
ある年の梅雨のあけたころ ふと発心して
「このひと夏 ”あつい”をぜったい口にすまい」と誓い 実行しました。
すると驚いたことに その夏のあいだ
暑さを苦痛に感じないで通すことができたのです。
それ以後 毎夏 ずっとそうなのです。
むしろ 夏の暑さを 痛快に感じるようにさえなりました。
夏は熱いからこそいいのです。
そして 積極的に汗を出すようにつとめました。
いくらでも流れ出ます。それが気持いい ・・・ 。
「夏に弱い体質」では けっしてなかったのです。
夏に不平をいう心が そのような誤った自覚をつくらせていたのです。
弱かったのは 体ではなくて 心のほうだったのです。
「あつい」の一語を封じただけで
これだけの変化と成長がえられたのでした。
同じころ「つかれた」というコトバをやめてみることにしました。
すると 疲れるという事実はあっても
それを意識することは少なくなりました。
そのぶん ガンバリがきくようになってきました。
生命力を自動車にたとえるなら コトバひとつが かんたんに
それのアクセルにも ブレーキにもなりうるのです。
コトバを 気のブレーキにつかってはなりません!
* ちなみに 以後 我家にはクーラーはありません。
扇風機はあるものの 基本的には使っていません。
夏の暑さがひどくこたえていました。
夏に弱い体質なのだ ・・・ と思っていました。
梅雨があけると 「ああ また暑い夏が始まる」
と心のなかでつぶやいたものでした。
これは夏にたいする不平です。
自然現象に対して不満をいったとて
なにも得るところはありはしません。
ある年の梅雨のあけたころ ふと発心して
「このひと夏 ”あつい”をぜったい口にすまい」と誓い 実行しました。
すると驚いたことに その夏のあいだ
暑さを苦痛に感じないで通すことができたのです。
それ以後 毎夏 ずっとそうなのです。
むしろ 夏の暑さを 痛快に感じるようにさえなりました。
夏は熱いからこそいいのです。
そして 積極的に汗を出すようにつとめました。
いくらでも流れ出ます。それが気持いい ・・・ 。
「夏に弱い体質」では けっしてなかったのです。
夏に不平をいう心が そのような誤った自覚をつくらせていたのです。
弱かったのは 体ではなくて 心のほうだったのです。
「あつい」の一語を封じただけで
これだけの変化と成長がえられたのでした。
同じころ「つかれた」というコトバをやめてみることにしました。
すると 疲れるという事実はあっても
それを意識することは少なくなりました。
そのぶん ガンバリがきくようになってきました。
生命力を自動車にたとえるなら コトバひとつが かんたんに
それのアクセルにも ブレーキにもなりうるのです。
コトバを 気のブレーキにつかってはなりません!
* ちなみに 以後 我家にはクーラーはありません。
扇風機はあるものの 基本的には使っていません。