街なかの職場と自宅との往復だけが日課になると、いつの間にか季節が移っているのを、何かの拍子に気付かされます。それは、赤とんぼの群れであったり、頬にそよぐ夕風であったりします。日中の暑さは変わらずとも、暦だけは先に進み、先日の「中秋の名月」は、幽玄的でした。
およそ2年前に話題になって購入していた『君たちはどう生きるか』という本がずっと気になっていたのですが、やっと手に取って読みました。今も書店には平積みされていて、第二次世界大戦前の作品なのに、現代の若い人に読んでもらいたい一冊ということでベストセラーになっています。
昭和生まれの私などは、作品中のコペル君を取り巻く環境をまだ大方理解できますが、平成生まれの若い人たちにどれだけ状況を想定できるか不安な部分もあります。著者の吉野源三郎さんが若い人たち何を言いたかったのかを、時代を超えても考えさせられます。
中学1年生のコペル君が、クラスメートとの関係や学校での出来事から、何かを学んでいくのと同時に、おじさんのノートから、読み手も自分を振り返り、大人になった私自身も、改めて「何かを生み出すということが他の人の役に立つ」ということに気づかされます。それは、自分を中心に世界が回っているのではなく、自分は世界の中の1分子に過ぎないということについても同様です。
今、本校の学生たちや、夜間講座の受講生は、自分の将来のために必死で勉強しています。私は、そういう彼らを見ていると、何か手助けをしたくなります。勉強の面やメンタルの面で励ましたり、元気がなかったら面白いことを言って笑わせたりしたくなるのです。
仕事と家庭とを慌ただしくこなしていきながらも、時々人との関係で悩んでしまうことがあります。ちょっとした行き違いに気を揉んだり、落ち込んだりするのです。本来の自分は、他人の言動に一喜一憂する小心者なのだと気づかされます。
さらに、これから先の人生について考えると、これまでがむしゃらに子育てや仕事に取り組んできたことが、今、一段落して、気が抜けたような気持ちになったり、逆に、自分に任された仕事や、家庭での必要とされる役割を有難く思い、頑張ろうと気を取り直したり、行ったり来たりの揺れる感情が出てきます。
しかし、自分が今行っていることが、一つでも誰かの役に立っていると確信できれば、少々の困難や苦痛は何でもないことです。
そして、私の行動や気持ちが、周りの人に喜んでもらえれば、また私の生きがいとなって、そこから歩き出すことができます。
長い人生で、自分の「幸福観」を考えたとき、人それぞれに価値観が違うと思いますが、それは経済的なものであったり、健康、家族、仕事、地位などであったり様々です。
人間関係においての「幸福感」の要素は、協調性やコミュニケーション力や調整能力、相手へのリスペクトなどが挙げられますが、家族に対しては「無償の愛」となり、家族の役に立っている、家族が喜んでくれると実感することが、一番の幸せなことではないかと思います。
本試験真只中の学生たちは、そういう意味では、公務員になって人のために尽くしたいという目的のために、今の時間をひたすらに勉強しているのです。それは目的達成のための手段に他なりません。
そして、公務員に合格をしたとき、一番身近でそのことを喜んでくれるのは、家族でしょう。それはいつも応援してくれる家族を喜ばせたい、安心させたいというその人の熱意の結果の合格です。それは家族を喜ばせる手段でした。目的だったことが手段となり、さらに大きな目的を達成します。
社会に出て、自分が一生懸命努力して公務員として人々の役に立つこと、社会の期待に応えることが手段となり、周りの人に喜びを与えることができるという目的になるのです。そして、それらのことが手段となり、最終的な生きる目的になるのではないでしょうか。
仏教では、生きる目的があって、それを果たすためにどう生きるかというのが生きる手段であり、生き方だと説いています。
生きる目的を知らずに、どれだけ生き方を考えても、生き方が分かるはずがないのだと。
先の吉野源三郎さんがコペル君を通して言いたかったことは、コペル君の存在によって、周りの誰かが喜びを感じているということです。そのことが、他の人に役立っているということなのです。生き方は手段であり、目的は他にあるのです。
最終的に、生きる目的は幸福感を感じる時であり、それは宝くじに当たったときではなく、自分の行動が誰かの役に立っていると実感できた時ではないかと思います。利他心をもって(利己心ではなく)生活することが、いつまでも朽ちない最終的な生きがい、生きる目的になるのかもしれないと、私は思うのです。
公務員試験実施日も折り返しました。これから本命の人もいます。最後まで決して諦めずに最善を尽くしてほしいと願っています。
今月の写真は、ベロニカグレースです。このチョコレート色の肉厚で艶がある銅葉に濃厚なラベンダーブルーの花が咲きます。そのコントラストも見てみたいですね。
Photo by mizutani