学校横の公園の木々が薄緑にキラキラと生まれ変わっています。
5月の大型連休が終わり、それぞれに気分も新たに活動再開です。
熊本大分では地震の被害で現在も避難所生活を送っている方が大勢いて、いつまでも続く余震の不安に落ち着かない日々を送っていらっしゃいます。親しい知人は、昼間は家の片付けに自宅に戻り、夜は、地震が怖くて今でも近くの中学校で避難所生活をしているということです。避難所からの通勤通学で、心も体も休まるときはないのだろうと、思いを馳せるばかりです。
先日まで、五月晴れの青空には、「こいのぼり」がまだ元気よく泳いでいましたが、被災された方々にはこの晴天の空を仰ぐ気持ちの余裕もないのではないかと思いました。一日も早く普通の生活ができることを願っています。
学校でも、被災地には行けないけれど、自分たちにできることをやろうと話をしました。
1年生のボランティアの時間には手話を始めました。以前、佐世保市の講座で2年間ほど勉強してきたことを、NHKのEテレで撮りためておいたビデオを見ながら一緒に勉強しています。もうすっかり忘れていることもありましたが、やっていくうちにだんだんと思い出してきました。日頃動かさない指を使っての指文字などはボキボキと関節がうなってきます。2年間の学習は無駄ではなかったとなんだかうれしくなりました。
定期的に発行されるビジネス誌の中に、「タイミング」という言葉を見つけました。私は最近特にこの「タイミング」の取り方に苦心をしています。人と人との関係はちょっとしたタイミングのズレでうまくいかなかったりします。また、優秀なビジネスマンはこのタイミングを逃さない絶好のチャンスを掴むことができるといいます。
お客様との関係もわずかの躊躇や迷いでそのチャンスを逃してしまうこともあるのは、私も経験済みです。
学生に対して注意をするときも、子育ての鉄則と同様に「その場で叱る」ことをしないと効果はありません。しかし、いつもの癖でグッと飲み込んでしまいます。そうすると、もう叱るタイミングを逃してしまって、私も胸の中にモヤモヤが残り、学生にとっても決してプラスにはならないことは間違いないのです。
仕事はすべてタイミングで動いています。朝の挨拶から、報告、連絡、相談、外部へ電話を掛ける時間もタイミングを見計らって行っていることに改めて気が付きます。
そのことが、一日の仕事とともに、人間関係もスムーズに流れていくコツなのです。
そんなことを、考えさせてくれる「タイミング」の記事でした。本当に難しい!
先日のホームルームの挨拶の時、ふとある学生と目が合ってしましました。ほんのちょっとの瞬間でしたが、私は何か話したいことがあるのかな、と思いながらも全体への話が終わると次の準備のため、すぐに教室から出て行ってしまいました。その学生は、以前悩みの相談に乗ったことのある女の子でした。その日は一日その学生のことが気になっていましたが、あとから話しかける時間もなく、タイミングを逃してしまいました。何か話があったのかもしれないといつまでも気になりました。
学校では、初中級の学生たちは学年を超えてとてもいい感じで親睦が深まっていっています。雨天で中止になった遠足の日の、教室でのレクレーションや、体育の時間でのドッジボール大会では、新しいグループでいろんな人とのコミュニケーションができて良かったと、2年生が嬉しそうに話してくれました。スポーツやグループワークを通して、会話のタイミングがうまく計れたことが分かります。そのタイミングが人との繋がりを作り出していくのです。社会人となった時にきっと役立ちますね。
私も、時々出てくる幼い時の内気な自分を奮い立たせ、中高年のちょっと図々しい心と、周りを見極める観察力を持って、タイミングを逃さない行動を心掛けたいと思いました。
昨日夕方、帰り支度をしていると、教務室の入口に前日に目が合った学生が遠慮深くこちらをうかがっていました。ああよかった。話を聞くタイミングを作ってくれたと、それからしばらくの間二人で話をすることができました。
今月の写真は、5月に咲く花の女王、バラです。ローマ人は、一輪のバラを天井につるして、その下でした話は、一切秘密にする、という約束を守ったので、ラテン語で「バラの下で」とういう言葉が「秘密に」という意味になって今に残っているそうです。
何とも優美で豪華、今にも甘い香りが届きそうです。
Photo by mizutani