◆2月21日<九日目>
瞑想センターの裏山
背中が痛い。瞑想中、昨日までは脚が痛かったのですが、今日からは背中が痛いです。どんなに背中の姿勢を正しても、前傾しても、後傾しても、背中を丸めても、全然痛みが消えません。昨日の最後は、あんなに心も体も軽くなり、瞑想も楽になったというのに、今日はいったいどうしてしまったんだろう。この日から、感覚を観察する範囲が腕全体とか、体の前面全体とか、脚全体とか、広い範囲で観察するように言われています。もし可能ならば体全体で感覚を感じてもいいのです。しかし、背中が痛すぎて全然集中力が高まりません。仕方なく昨日までと同じやり方で10cmくらいの狭い範囲をちまちまと観察し続けます。それが精一杯なのです。いったいどうしてこんなに背中が痛いのだろう。昨日寝る時に変な寝相だったのだろうか。それともどこか体が悪いのだろうか。
二日に一回くらい先生とのインタビューがあります。修行の進捗具合をチェックして、あまり進んでいない場合はアドバイスをしてもらえたりします。この日の夕方の瞑想時にインタビューがあったので背中の痛みについて先生に相談しました。
「昨日までは無かった背中の痛みが酷いのです。瞑想に集中できません。」
「それは良いことです。平静な心で観察し続けなさい。いずれ消えてなくなります。」
この時、「それは良いことだ。」と言われたことが、とても僕を勇気付けました。その後の6時から7時の1時間の瞑想の時、背中に痛みがあるにもかかわらず集中力は元に戻っていました。おそらく、この背中の痛みは古くに潜在意識に蓄えられていた「嫌悪」か「渇望」が表層に出てきたものなのだろうと理解しました。瞑想を始めて40分くらい経った頃でしょうか、徐々に背中の痛みが溶け出していくことを感じました。そうすると、集中力はさらに高まっていって体の広い部分の感覚を同時に感じることができるようになっていきました。体の前面全体とか、背中全体、両脚全体、そしてついには体全体の感覚を同時に感じ取ることができるようになりました。この時感じていた感覚は、とても繊細で心地よいものでした。まるで蛍の光のような微弱なチカチカするような光が体全体を覆っているような感覚です。どのような感覚であっても生まれては消えていきます。微弱な心地よい感覚が生まれてはすぐに消えていきます。そしてまたすぐに生まれます。まるでブッダが悟られたように、「体は振動の集合である」というような感覚でした。
その時、突然僕の頭が左斜め後ろにぐにゃりと移動し始めるのを感じました。実際に頭は全く動かしていません。30cmくらい動いた感じです。僕はそれを平静な心で観察し続けました。そうするとその頭が移動した首と頭の間から光の粒子のようなものが溢れ出て、それが体全体を流れ出し始めました。凄い恍惚感です。自分の体の重力が無くなっていくのを感じました。まるで浮いているような感覚です。腕や脚が溶け出して、自分の体から離れていくような感覚も感じました。頭と腕と脚と体が別々に空間に浮遊しているような感覚です。しかも恍惚感は依然続いています。その感覚のあまりの心地よさに目から少し涙が出ました。
「ついにダンマ(真実)に触れた。」と僕は思い、感動しました。
気付くと、頭の位置の感覚は右斜め後ろへといつのまにか移動していました。光の粒子は依然、頭が無くなった首のところから溢れ出ています。その感覚に酔いしれている時に、いつもの終わりのお経が流れ始めました。少し現実に引き戻されましたが、恍惚感は相変わらず続いています。痛みや疲労感は全くありません。終わらないで欲しい、もっと続いて欲しい、と心から思いました。
瞑想が終わってしばらく待ってから目を開けると、自分の体は変わらずそこにありました。頭もちゃんと首の上に乗っています。腕や脚も体にくっついていて動かすことが出来ます。いつもと同じ薄暗い瞑想ホールで、瞑想者はみんな出払ってしまっていて、みんなの座っている座布団だけが残っている状態でした。いつもの瞑想ホール。でも、僕は僕自身が一時間前とは決定的に何かが変わってしまったように感じていました。今までは持っていなかった何か素晴らしいものを手に入れたような気になっていました。
その瞑想の直後に講話がありました。その講話の一番最初にこう言われました。
「みなさんは瞑想の8日目か9日目くらいには、バンニャ(またはバンガ)と言われる全身が溶け出すような恍惚感を経験することがあるかもしれません。これは、ダンマの道(真実の道。涅槃への道)において重要な通過点の一つです。表層意識と潜在意識と体の感覚との壁が取り払われて、さらに心の平静さを保っている時に発生します。しかし、これは最終目標ではありません。単なる通過点の一つでしかありません。まだ先には長い道のりが待っています。みなさんが注意しなければならないのは、この恍惚感をこの先追い求めてはいけない、ということです。これはダンマの道の正反対へと進むことになってしまいます。今まで幾人もの瞑想者が、注意したのにもかかわらずこの罠に陥ってしまい、ダンマの道を見失ってしまいました。みなさんは、そういうことのないように注意してください。」
ゴールに辿り着いたような気になって酔いしれていた僕は、冷や水を浴びせかけられたように冷静になりました。確かに、このバンニャがいくら気持ちよかったからと言って、それを追い求めていれば、ただ単に新しい渇望を作り続けるだけになり、それは結果として心の汚濁を増やすことになるのでしょう。
さらに講話では、こんなことも言われました。
「残りは3日間で、11日目には沈黙が解かれるので真剣に修行できるのは後1日と少しだけです。残りの時間は休憩時間も全て修行にあてるようにしなさい。ベッドに入っている時間でも修行を続けることができます。ヴィパサナ瞑想者は24時間睡眠をとらなくても大丈夫なのです。もちろんベッドに体を横たえて体の疲れはとらなければいけませんが。」
僕はこの話に感銘を受けました。24時間眠らなくてもいい、というところに。僕は低血圧で朝が弱く、もし睡眠時間が少ないと体調をすぐおかしくしてしまうので、これはとても嬉しい話です。
早速この日はベッドの中でも瞑想を続けました。瞑想をしていると、やっぱりさっき経験した恍惚感を思い出してしまいます。そして、それを追い求めてしまいます。ベッドに寝転んでいる状態なので、体には不快な感覚はありません。何度もバンニャの一歩手前まで行きます。しかし、そこで何かのブレーキがかかって、あの恍惚感までは辿り着けないのです。しばらくしてあきらめて、ただ体の感覚を観察するだけにしようと、心を入れ替えてしばらく瞑想をしていると、また頭が左斜め後ろにグニャリと移動する感覚がやってきました。そして前のときと同じように体全体を恍惚感が包み始めました。腕や脚は重力を失い体から離れて宙を漂います。僕は、再度この感覚に出会えたことに喜びを感じながらも、同時にこの感覚に浸りすぎることで今後の修行に支障を来たすことを怖いと感じました。しばらくして、恍惚感は消えて、頭の位置や浮いていたように感じた腕や脚は元に戻りました。現実世界へ帰ってきました。時計を見ると11時半で、2時間半もこうしてベッドの中で瞑想していたことになります。突然眠気が襲ってきて、僕はいつの間にか眠っていました。
◆2月23日<十日目>
五時間しか寝ていないにも関わらず、アラームがなる前に鐘の音ですぐに目覚めました。初日全く聞こえなかった鐘の音が今はクリアに聞こえます。きっと感覚が鋭くなっているのでしょう。眠気も全然感じません。残り少ない瞑想期間をできるだけ集中して過ごすことだけが、頭の中にあります。
この日の瞑想では体の内部も観察するように言われました。眉間から観察を始めて頭の中を通って後頭部へと突き抜ける、というように。やってみると以外に簡単にできました。目玉の形を感じ取ったり、脳の内部の感覚を感じたり、耳の中を探っていくと喉に辿り着いたり、鼻の穴を探っていくと食道に出てそのまま胃や内臓の感覚を感じたり、腸や肝臓などの内臓の動きを感じたり、筋肉と骨を感じたり。
昨日感じたバンニャのことは、ひとまず頭から追い出すことにしました。でも瞑想していると、どうしても思い出してしまいます。しかし、今日は心地よい感覚の代わりに、首の右後ろと左のこめかみに固くて重い凝固した感覚が現れました。いくら観察しても消えず、バンニャの一歩手前にいってもこの二つの凝固した感覚が邪魔して全身を心地よい感覚が流れるまではいたらないのです。しかし、ここでがっかりしては「嫌悪」を自分の潜在意識に産み落とすだけなので、平静を保つように心がけます。上手く出来たかどうかはわかりませんが、夜の瞑想の時には、それらの凝固した感覚は少しずつ溶け始めました。
ひょっとしたら、僕が日常生活で感じる体の不快な感覚というのは、姿勢の悪さや外的要因などが原因ばかりではないのかもしれない、と思うようになりました。肩こりや、偏頭痛や、目の周りの疲れや痛みや不快感、背中や腰の痛み、首の痛み、など会社員時代に感じていたそれらの不快感は、潜在意識で生じた「嫌悪」が感覚として、体の弱い部分や疲れている部分に現れたものなのかもしれないです。本当のところはよくわからないです。でも、修行中に現れる痛みや不快感は、現れてもそれに反応することなくしばらく観察しているといつの間にか消えます。それは姿勢の悪さや長時間座っていることとは関係なく現れては消えて行きます。
◆2月24日<十一日目>
朝8時から9時の瞑想が終わった後、講話がありました。そこで、この瞑想法の日常生活での活かし方を教わりました。
何か腹が立つことが起こったら、すぐに反応せずに平静な心でしばらく自分の呼吸や体の感覚を観察すると、怒りは収まり冷静な行動をとることができる、ということです。日常生活でのポイントは、嬉しいことや腹立つこと嫌なことにいちいち反応しない、ということなのでしょう。確かにこの10日間の修行によって平静な心を保つことは、以前よりもできるようになったような気がします。ただ、嫌なことに反応しない、というのはある程度できそうな気はしますが、嬉しいことに反応しない、というのはかなり難しい気がします。それに、嬉しいのに素直に喜ばないっていうのは人間らしくないですよね。
昔、サッカー日本代表が、長く厳しい戦いの末フランスワールドカップ出場を決めた試合の後、中田英寿が他のチームメイトや監督、観客が我を忘れて大喜びしている中、一人静かに冷静でいたことを思い出しました。彼は、当時21歳かそこらだったと思うのですが、既に悟りを得ていたのでしょうか。
もう一つメッター・バーバナという瞑想法を最後に教えてもらいました。これはヴィパサナ瞑想を行った後に数分間行う瞑想で、ヴィパサナを行うことで体に蓄えられた幸福の波動を、周囲に向かって発散するという瞑想です。「生きとし生けるものが幸せでありますように」と心で願いながら。ちなみに、このメッター瞑想を行うと、その部屋がとても調和に満ちた幸せな雰囲気の部屋になるのだそうです。
実生活に戻った後は朝と夜に一回ずつ一時間の瞑想をし、寝る前と起きた後の数分間は布団の中で瞑想を続けるとよいらしいです。そして、1時間の瞑想の後はメッター・バーバナを行うのだそうです。そうすれば、睡眠時間が減っても大丈夫になり、仕事の能率も上がり、家庭も円満になり、幸せな人生が送れるようになるのだそうです。
そして、しばらくメッター瞑想を行った後、沈黙が解かれました。その時、僕は、凄い幸福感に圧倒されて、しばらくは口を聞くことができませんでした。原因は、テープから流れるメッターの幸福の波動の影響かもしれないし、素晴らしいものを手に入れることができたという喜びかもしれないし、ついにしゃべれるという喜びかもしれないし、それら全部かもしれないです。Qちゃんは、最初ただ笑っているだけでした。メインの瞑想ホールからやってきたネパール人たちも、欧米人たちも、みんな笑顔で幸福感に満ちていました。Qちゃん、Jさんと三人で中庭に集まって、ぽつぽつと瞑想について話をしました。天気が良くて半そででも大丈夫なくらい気温は上がっています。何を話していても、おもわず笑顔になってしまいます。笑いが止まりません。まるで学生時代に戻ってしまったような気分です。食堂に戻り、昼食を食べている時も幸せな気分は消えませんでした。ネパール人たちもみな幸せそうです。隣の席のネパール人は学生で、東のインド国境辺りに住んでいるらしくて、わざわざ学校を休んでコースを受けに来たらしいです。学校を卒業したらまた10日間コースを受けに来ると言っていました。ちなみに、参加者のネパール人達はほとんどみんなヒンドゥー教徒らしいです。本当に宗教も宗派も関係なく、みんなを受け入れるのですね。(後で知ったことですが、創始者のゴエンカさんも元は熱心なヒンドゥー教徒だったらしいです。)
日本人女性の受講者と話をしてみると、彼女は26歳の旅行者でした。大きな悩みを抱えたまま旅を続けていて、インドでヴィパサナの話を聞き、ひょっとしたら悩みの解決になるかもしれないと思ってやってみたそうです。そして、今は全ての悩みが晴れて心が軽くなったと言っていました。僕が途中まで苦痛な気持ちで聞いていたその講話にて毎日のように悩みをズバリと解決してくれるようなヒントを与えてもらっていたそうです。Qちゃんも、毎日の講話が凄くためになったといっていました。彼女は、その講話にて「ブッダは一人じゃない。何人もいる。」と聞いて、それなら私もブッダになる!と思ったそうです。
そして2時半から3時半の1時間瞑想が行われました。なぜかこの時は凄く脚が痛くなりました。沈黙が解けた直後の瞑想はめちゃくちゃきついと経験者から聞いていたけど、自分は大丈夫だろうと思っていたのです。甘かった。本当に甘かった。余りの脚の痛さに痙攣が始まった頃、お経のテープが流れ始めました。ああ、あと5分ほどで終わる、と思っていたら、今回はメッター・バーバナのテープがさらにその後に5分ほど追加されていたので、物凄く長く感じました。メッター瞑想のテープで「生きとし生ける者が幸せになりますように」と何度も繰り返されるのですが、僕はもうとてもそんな気分にはなれません。もし僕が今波動を外に向けて出したならば、苦痛と嫌悪の波動しか出ないでしょう。それにしても、なぜ沈黙解除後の一回目はこんなにキツイのでしょうか?心がゆるんだから?でも、このことにより、瞑想の最後の方に長時間座るのが苦痛じゃなくなったのは、単純にそれに慣れたからではないということが判りました。心の問題なんですね。
幸い、次の夜の6時から7時の瞑想では、心を入れ替えて集中したのでいつものように痛みを感じずに終わることが出来ました。その後、講話を聞いて、他の参加者達といつもの消灯時間よりも1時間遅くまで起きて、色々と話をしました。みんな幸せそうでした。その日はいつまでも幸福感に包まれていました。
◆2月25日<十二日目・最終日>
昨晩は、いつもよりも遅くまで起きていたけど、いつものように4時起きです。1時間ほど瞑想した後、最後の講話を聞いて、再び瞑想ホールへ戻りました。ヴィパッサナの瞑想をしばらくすると体全体が心地よい感覚につつまれ、それを外に向けて出すようにメッター瞑想を行いました。テープからゴエンカさんの声で何度も「生きとし生ける者が幸せにありますように。」という声が聞こえてきます。僕も心の中で同じようにみんなが幸せであるように何度も何度も願います。ゴエンカさんの声はいつのまにか歌うようなお経に変わり、それが心地よいバイブレーションとなって僕の体に染み渡って行きます。周りのネパール人から鼻をすするような音が聞こえ始めました。僕の目からもいつのまにか涙が流れ始めました。時間が経つにつれ、涙の量はどんどん多くなっていきます。幸福の涙、そして、別れの涙。テープから聞こえるゴエンカさんの声の響きが持つ幸福感、ヴィパサナ瞑想で自分自身の手に得ることができた幸福感、そしてこの12日間続いた静かで調和があり前向きな雰囲気に満ちていたこの生活がついに終わってしまう寂しさ。お経のテンションはどんどん高まっていき、そして、ついに最後の瞑想の時間が終わりました。その後、しばらくの間、僕の涙は止まりませんでした。涙。涙。涙。。。
カトマンドゥ市内へ向かうバスの時間が迫っているので、気を取り直して大急ぎで朝食を摂り、パッキングして、部屋を掃除し、パスポートを返してもらい、門のところに行くと、バスの一台目が出た後で二台目をみんなで待っているところでした。お世話になった先生やボランティアで働いている人たちにお礼を言って、幾ばくかのお布施を払い、何人かとアドレス交換をし、写真を撮り合い、バスに乗り込みました。バスは僕達を再び汚濁に満ちている外の世界へと連れてきました。あの、静謐な世界に留まり修行を続ける出家僧の気持ちが今はよくわかります。それも一つの幸せな生き方として今は理解できます。僕もできれば後2,3日はあそこに留まりたかった。でも、やっぱり僕は瞑想前と同じようにこの汚濁に満ちた外の世界でこれからも生きていきます。そのための瞑想修行だったし、そのための旅でもあるので。
◆エピローグ
瞑想修行から戻ってきてから早いものでもう5日もたってしまいました。朝と夜の1時間の瞑想はとりあえず毎日やっています。朝は簡単なのですが、夜は眠気に負けていつも30分くらいでやめてしまっています。心は弱いものですね。
瞑想を終えて自分自身どう変わったか?瞑想中バンニャを経験して衝撃を受けた時は「自分は変わった!」と強く思ったけど、実生活に戻ってみると、まあ、そんなには変わっていませんね。体内の気をコントロールして右側だけを熱くするってこともできないままだし。ただ、心は瞑想前よりも平静になって、前だったらイラッとしていたりしたようなことが、全然気にならなくなりました。誰に対しても優しい気持ちになったような気もします。それは気のせいかもしれないし、もし気のせいではなく本当だっととしても、いつまで続くかはわからないですが。
瞑想直後は、絶対に毎日の瞑想を続けて、日本に帰ったら京都にある瞑想センターに必ず行くぞ!という熱い気持ちだったけれど、今はそうでもなくなってきました。別に涅槃を目指すわけでもないので、今のところはイラッとしなくなっただけで十分です。
終わり
瞑想の先生たち
<ヴィパサナ瞑想のすすめ>
興味がある人は、ヴィパサナの瞑想センターが日本の京都など世界各地にあるので、是非10日間コースに参加してみてください。(いきなり独学で瞑想することは駄目みたいです。)ただし、海外で受ける場合は、英語の説明だけではかなりの英語の語彙力を必要とするので、英語に自信がある方もできるだけ日本語での説明での受講をお勧めします。日本語のテープがあるのかどうか、必ず確認したほうがいいと思います。京都は間違いないし、インドかネパールのセンターではだいたい日本語のテープがあるみたいですね。
↓ヴィパサナセンターホームページ(日本)
www.jp.dhamma.org/