旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

ホモ・ナレディー

2017年01月12日 20時24分32秒 | エッセイ
ホモ・ナレディー

 2013年9月、2人のアマテュア洞窟探検家が、南アフリカのヨハネスブルク郊外の洞窟に潜った。そして地下深くで彼らは、新種のヒト(ホモ)属の化石を見つけた。この一帯は20世紀前半に初期人類の骨が多数出土し、「人類のゆりかご」と呼ばれるようになった。しかし今回の発見は、これまでとは桁違いだ。少なくとも15体分、1,550個以上の骨片が見つかったのだ。
 骨の化石は45人の科学者によって研究され、2015年9月に発表された。研究チームはこれらの化石がヒト属として最古のものの一つで、人類と二足歩行の霊長類とのミッシングリンクになる存在だとし、古代エジプトのツタンカーメン王墓に匹敵する発見だという。しかし化石群の年代測定が成されていない。
 放射性炭素年代測定では、5万年前までしか分からないそうだ。普通の歴史遺産では十二分な年月だが、この場合5万年では話にならない。推定では280~250万年前のものだからだ。例えば320万年前のルーシーの化石では、化石が含まれる地層によって年代を判定した。ところが今回は洞窟の床に横たわるか、浅い堆積物に埋もれた状態で見つかったため、地層による判定は出来ない。
 これらの化石が発見されたライジングスター洞窟は、古くから知られていて探索は何度も行われていた。いわば知り尽くされた洞窟だったが、2人が洞窟の絶壁で位置を入れ替えた際、偶然奥に通じる狭い横穴が見つかった。後に「スーパマンズ・クロール」と呼ぶ狭い横穴を抜けると、広い空間に出た。そこでのこぎりの歯のような岸壁「ドラゴンズ・バック」を登ると、鍾乳石が垂れ下がった狭い空間が現れた。その奥に垂直に近い12mもある縦穴があり、そこを降りると行きどまりで、2畳ほどの床面にはたくさんの骨が散らばっていた。彼らはこの発見を写真に撮り、古人類学者のリー・バーカーに見せた。
それを見たバーカーは息が止まるほど驚いた。明らかに猿人・原人の化石が累々と横たわっている。初期人類の化石など、生涯かけて捜しても欠片を見つければラッキーと言ってよい。
 ここで発見された化石人はホモ・ナレディーと名付けられた。「ホモ・ナレディー」とは、現地ソト語で「星の人」を意味する。この名は洞窟内のディナレディ空洞で発見されたことに由来する。
 南アの大学で教え、ナショナルジオグラフィック協会から資金援助を受けているバーガー教授は、自身が現場に行きたがった。しかしおデブの彼が18cm幅の隙間を通れるはずがない。そこで調査員を募集した。その条件が面白い。「細身で小柄、狭い所が苦にならない古人類学者」フェイスブックで発信されたメッセージを見て、世界中の各地でこう思った人が60人応募してきた。「あら、私のことだ。」結局その中から選んだ6人の学者や大学院生は、全て若い痩せ形の女性だった。
 彼女たちは実に勇敢だった。数週間に渡って3人づつ交替で洞窟に潜り、作業に没頭した。2人で一杯になるような最奥の空間には一面に骨片が散らばっていた。彼女たちは呼んでも中々戻らないほど熱心に働いた。映像で見ると、とても無理だろうという狭い通路を仰向けになってじりじりと進む。岩登りのような隘路を昇り降りする。奥で怪我をしたら大変なことになる。
 ホモ・ナレディーの復元図を見ると、ウーン、顔だけ見たらチンパンジーである。遠くから見たらどう通報しよう。動物園から逃げ出した猿が道をうろついている、とも言い切れない。猿のお面を被った毛むくじゃらの子供が、裸でうろついている、かな。
 回収した化石は頭蓋骨やあご、手指や大たい骨で、乳幼児から老人まで男女合わせて15体以上あった。成人男性は身長約150cm、体重は約45kgs。この身長なら極端に小さいとは言えない。フローレス島で見つかった古人類の化石よりはずっと大きい。手足はやけに現代人に近いが、頭蓋骨の大きさから見て脳の容量は500mlと、ホモ・サピエンスの半分以下だ。
 骨はまだ埋もれているものが、数百~数千個は残されているものと思われるが、作業を再開する予定は決まっていない。問題は何故そんな所にたくさんの遺体が置かれたかだ。他に通路は見つかっていない。バーガー教授は明らかに埋葬だと言うが、地下30mまで死者を運ぶのは大変だ。いくら彼らが小さくても、横になってぎりぎりの穴を何mも進まなければならない。遺体を狭い縦穴に通さなければならない。途中の広場で火を焚かなければ真っ暗だ。数百年前も洞窟の状態はさして変わっていなかったものと推測される。そこまでの苦労をしてまでここに埋葬したのなら、命がけの大仕事だ。
 今後調査が進めば、更に色々なことが明らかになるだろう。しかし彼らが何故そこまでして死者を運んだのかは、永遠に謎のままだ。たしかにそこは、母親の胎内に環境が似ているのかもしれないが。

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