イスラエル旅行記

旅行記が完成したので、あとは普通に。、

28.おふくろの味 B

2006年09月01日 | Weblog
 さすがにイエスさまの国ではありませんか。霊にも肉にも十分恵まれるのです。そして旅が終わる頃には、失われたすべてのものが甦って、病める者は癒され、元気のない人は元気になり、狭い心は広く、広い心はさらに広く・・・・すなわち主にあって新しくなった自分を知るのです。たとえ旅の間だけでも、心の中に大きな変化を遂げた、新しい自分に出会うことは最高の喜びなのです。

 かつて指導者がおっしゃいました。
「人は何度も何度も変らなければ、神の国に入れない」って。

 本当は肉体的にも精神的にも、痛い思いをして初めて、イエスさまに近づけるのかも知れません。病める身の私にはそのように思われます。今の私には、「すべてのことについて感謝しなさい」(1テサロニケ5:18)とか、「主にあっていつも喜びなさい」(ピリピ4:4)という聖句の中の、3文字が迫って参ります。「すべて」「いつも」という文字です。

 こんなことを深く考えるのは、やはり聖地にいるからでしょうか。かつてある人から反発されたことがあります。
「今の世の中、普通に生きていたって、感謝できないことの方が多いし、喜べないことの方がずっと多いのではないでしょうか。それをあえて、喜べとか感謝しろとか言うのは、偽善者になれってことじゃないですか」

 確かにおっしゃるとおりです。もちろんです。ですから・・・・だからこそ、この聖句に頼って努力することに価値があるのではないでしょうか。精神的な、あるいは肉体的な痛みをこらえて、主に頼って・・・癒されて喜び、そしてそれをまた主に感謝する。
 大切なのは、思いを誰に向けているかなのです。本当に主に向けているかどうかなのです。思いが主に向いている人だけが、すべてに感謝し、そしていつも喜べるんだろうなって、そんなことまで思ってしまいました。

 気がつくと、出口の方から小室さんの奥さんの声が楽しげに響いてきました。イスラエルのおふくろさんに挨拶しているのです。美味しくて嬉しくて、黙っては帰れなかったのでしょう。身振り手振りで、時には自分のほっぺを叩きながら、とても美味しかったと思いのたけを伝えています。私たちも後に続きました。
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27.おふくろの味 A

2006年09月01日 | Weblog
*キブツ

 まもなく、キブツ経営のレストランに到着しました。放し飼いの牛がいて、ロバの親子がいて、何もかもの~んびりと感じられます。見学で緊張した私たちには、何よりの慰めと憩いのひとときでした。
 建物は白色で、日本のアパートを思わせます。外国にいるという緊張感が全くありません。中に入って、またビックリしました。床もテーブルも椅子も日本調で、黒塗りの木材だったのです。ここ、ほんとにイスラエル?と聞きたくなるほど日本の雰囲気でした。

 もちろん食事も口に合うものばかり。特に野菜スープと焼きポテトは絶品でした。だれもかれも、みなモリモリと食べています。あっちでもこっちでも、美味しいおいしいと賑やかに楽しく、それはそれはいい雰囲気でした。
「時間かけて、愛情こめなきゃさ、こんないい味はでないのよ。感激しちゃうわね」
 小室さんの奥さんに続いて、ダンナ様の声も聞こえます。
「うん、イスラエルに来てさ、こんなに美味しい食事をいただけるなんて、思ってもみなかったよなあ。ああ、幸せだ」
 添乗員の泉さんもガイドの倉田さんも、そんな私たちを見て微笑んでいます。彼らがおっしゃるように、確かに「おふくろの味」でした。
 デザートにりんごが出されましたが、とても食べ切れません。どなたか後で食べようと持ち帰りましたが、この国への旅ではそんな必要がないのです。朝も昼も夜も、たっぷりと与えられて、しかもそれが日本人の口に合うせいか、間食する気など全く起りません。

 昨年8月の最初の旅では、梅干しやら、カップラーメンやら、真空パックの御飯などを持参しましたが、ただ邪魔になるだけでした。今回も何人かそのような方がおられましたが、やはりどの方も、持参した日本食には全く手をつけなかったと伺っています。
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