みゅうの細腕繁盛記

コブクロ、馬場さん、ナオトが大好き♪これからの人生、更に楽しく生きたいと願います。初めての方のコメント大歓迎です!!

娘の「はじめてのおつかい」

2007年06月10日 | 家族
ドットコムでも一度チラリと書き込んだことがあったが、ウチの次女まりは、かの有名な「はじめてのおつかい」に出たことがある。
もう15年も前の話だ。あれは娘が4才になったばかりの春、突然お話を頂いた。確か、あの番組は一般公募はしていないのだろう。長女と同じピアノ教室に通うお母様から、
知り合いにスタッフがいるということで申し込み書を頂いたことから始まった。
私達夫婦も大好きな番組だ。夫婦は喜んで申し込み書類を書いた。
書類は何故か一次通過したらしい。しばらくして、番組のプロデューサーとスタッフの二人が家庭訪問に来られた。まず、親に「どんなおつかいをさせたいか?」という質問があり、いきなり主人の口から飛び出したのが「僕の親父の出身であるOO島へフェリーでおつかいさせたい」だった。私は内心「え?!そんな・・・船から間違って落ちたらどうするの?」そんな不安がよぎった。スタッフは「私達は自分の身を呈してお子さんを守ります。ですが、不慮の出来事が起こった場合の責任は取れません」と言った。主人は「分かりました」とあっさり同意したのだった。
何故か、2次審査も通過し、約10名近い子供達を撮影し、その中から番組には2名だけ起用させてもらうということだった。

そして迎えた撮影日。まりは何も知らない。そして本当に生まれてはじめてのおつかい
を大人達の勝手な意向でしなければならない日を迎えた。
まず、店で焼いたお好み焼きを出前し、その後フェリーに乗り釣りに出かけたお父さんにお弁当を届けるという設定だ。
朝早くから、カメラさん、照明さん、その他子供を見守るスタッフ等、10数名が店に集結した。何も知らないまりは、二階の居間で一人子供番組を良い子で見ていた。
さぁ、全ての準備が整い私はまりを「ねえ、店手伝って」と声をかけた。
当時、何でも自分でやりたがったまりは嬉しそうにそそくさと店に出てきた。お客のふりをして待機しているのは皆スタッフだ。何にも知らず、小さな手で皆におしぼりを配る娘。健気~。そこからは私と娘とのやり取り次第。勝負がかかっている!「行かない!」と駄々をこねたら、そこで終了。「まり、お父さんね、島に釣りに行ってるの。母さん忙しいからお弁当届けてくれないかなぁ?」何度か墓参りに行った島であったが、まさか一人でなんて予想もしてなかっただろう。一瞬、娘の顔が曇った。すかさず奥の手登場。「じゃあ、お姉ちゃんに頼もうかな」娘は当時、何でもお姉ちゃんのようにしたかった、丁度そんな時期だったのだ。「まりが行く!」内心安堵しながらも、やはり不安は募る。私は信号を渡る時の注意点などを何度も言い聞かせ、娘のリュックに二人分のお弁当と、右手には出前のお好み焼きを持たせた。
「行ってきまーす!」娘が店を出た途端、それまで客のふりしていたスタッフが一斉に店を飛び出した。その後のことは、私もテレビの放映でしか見ていない。娘は出前先で600円のお好み焼きを「ひゃっぴゃく円」と言って800円頂いたり、島でもとんちんかんな事を繰り返し、面白さを充分に発揮したらしい。
そして、帰りの船の中で初めて緊張の糸が切れたのか、突然「お父さんがいない。まり寂しいよ~」と泣き出した。それは、テレビを見ている人の涙を誘ったらしい。
運良くテレビで放映が決まった娘のおつかい。「あれから12年・・・」にも高校生になったばかりの時、撮影して放映して頂いた。
娘が初めてテレビに映った自分の姿を見た時、すごく複雑な顔をし、それから数年、彼女の中でそれは封印されてしまった。自分が泣いている姿を皆に見せることとなったのが娘には耐えがたいものとなったらしい。封印が溶けたのは、小学校の高学年だったかな。今では、娘にとっても笑える記憶だ。面白がって、ビデオを友達にも貸したりしている。
私達には、決してみることのできない子供のはじめてのおつかいの姿を、記録として残せてもらえたこと。何にも替え難い素敵な思い出となった。今でも、それは貴重な財産だ。