ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート

「神話探偵団~スサノオ・大国主を捜そう!」を、「ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート」に変更します。雛元昌弘

「縄文ノート138 縄文人の霊(ひ)宗教と『旧約聖書』」の紹介

2022-05-13 17:23:41 | 宗教論
 はてなブログに「縄文ノー138 縄文人の霊(ひ)宗教と『旧約聖書』」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 楽天ブログ「NOWAR2022」の「26 ロシア兵の残虐性は『旧約聖書』ゆずり?」において、縄文人の女神・霊(ひ)信仰とそれを受け継いだ大国主の全ての死者を神として祀る「八百万神」宗教とはあまりにも異なるユダヤ・キリスト・イスラム教の聖典「旧約聖書」について、ウクライナ戦争でのロシア兵の残虐行為から考えてみました。以下、参考のために転載しておきたいと思います。
 なお、本日アップした「27 ユダヤ教聖典の『旧約聖書』と『タルムード』の残虐性」と合わせてご覧になっていただければ幸いです。―記事一覧 | NoWar 2022 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)
 本ブログの「スサノオ・大国主建国論」としても、全人類史・宗教史の中に縄文宗教を受け継いだ大国主の「八百万神信仰」を位置づけ、世界遺産登録を目指したいものです。全世界に目を向けたスサノオ・大国主建国論に向けて参考にしていただければ幸いです。雛元昌弘


□参考□
<本>

 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなのくに)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)
 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)
<雑誌掲載文>
 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)
 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)
 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)
 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)
<ブログ>
  ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina
  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/
  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/
  邪馬台国探偵団   http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/
  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/





「縄文ノート104 日本最古の祭祀施設―阿久立棒・石列と中ツ原楼観拝殿」の紹介

2021-10-25 20:09:59 | 宗教論
 はてなブログに「縄文ノート104 日本最古の祭祀施設―阿久立棒・石列と中ツ原楼観拝殿」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 私が阿久(あきゅう)遺跡について最初に知ったのは昨年の2020年8月3~5日の縄文社会研究会の八ヶ岳合宿の参加者向けに見学資料を作成した時ですから、縄文研究については駆け出しの素人もいいところです。―「縄文ノート「22 縄文社会研究会八ヶ岳合宿 見学資料」「23 縄文社会研究会 八ヶ岳合宿報告」参照 
 私は2000年頃から取り組んできた「スサノオ・大国主建国論」の延長で、2012年から京大工学部建築学科の大先輩(当時は助教授)の上田篤さんの主宰する縄文社会研究会に参加し、「古代国家形成からみた縄文社会―船・武器・稲作・宗教論」について講演し、霊(ひ)信仰史観と海洋交易民族史観からの分析をブログなどに書いていました。
 やっと2019年(同窓会)と2020年(縄文社会研究会合宿)に八ヶ岳山麓の縄文遺跡を訪ねる機会があり、環状列石の中心に置かれた立棒(金精)から石列が向かう先の蓼科山が典型的な「神名火山(神那霊山)」であることを確認でき、その夜の会議では「国宝級の縄文遺跡が中央自動車道により破壊されている」ことを世界遺産登録の障害になるなどと問題にしました。―「縄文ノート23 縄文社会研究会『2020八ヶ岳合宿』報告」参照 
 阿久遺跡の立棒・石列が現在の段階では「日本最古の祭祀施設」「世界最古の神山天神信仰の宗教施設」であることを、「日本最古の中ツ原遺跡の楼観拝殿」とともに改めて整理・紹介したいと思います。
 本ブログのテーマの「スサノオ・大国主建国論」としても、スサノオ・大国主の「八百万神信仰」の世界遺産登録を考えるヒントにしていただければと思います。雛元昌弘
























□参考□
<本>
 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)
 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)
<雑誌掲載文>
 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)
 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)
 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)
 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)
<ブログ>
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「縄文ノート98 女神調査報告2 北方御社宮司社・有賀千鹿頭神社・下浜御社宮司神社」の紹介

2021-09-24 20:00:41 | 宗教論
 はてなブログに「縄文ノート98 女神調査報告2 北方御社宮司社・有賀千鹿頭神社・下浜御社宮司神社」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 長野県諏訪市を中心に中部・関東に広がる「ミサク神」「ミシャグジ神」の解明に向けて、9月10日には中央構造線の断層に沿って「神長官邸みさく邸」から西に進んで北方御社宮司社を見学し、時間がなくて有賀千鹿頭神社はパスし、11日には諏訪湖北岸の下浜御社宮司神社を見学しました。
 私は「ミサク神」「ミシャグジ神」や「鹿頭(かとう)祭祀」は縄文時代の信仰を受け継いだスサノオ一族の物部一族の守矢氏の祭祀と考えており、「守矢氏=縄文人、諏訪氏=弥生人」説ではなく、縄文時代の信仰を受け継いだ「守矢氏=スサノオ一族、諏訪氏=大国主一族」説を神社の立地と環境、祭神から確認したいと考えました。
 なお、下浜御社宮司神社では「ミサク神」「ミシャグジ神」は女神ではないか、という結論に達しましたが、地元でのさらなる調査を期待したいと思います。
 本ブログのテーマの「スサノオ・大国主建国論」としても、縄文時代から続くスサノオ・大国主一族の「百余国」の建国にとって、この地の守矢・諏訪氏と縄文時代の龍蛇神・神名火山(神那霊山)・神籬(霊洩木)・地母神信仰の歴史・文化の解明は決定的に重要であり、参考にしていただければと思います。雛元昌弘























□参考□
<本>
 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)
 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)
<雑誌掲載文>
 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)
 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)
 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)
 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)
<ブログ>
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「縄文ノート74 縄文宗教論:自然信仰と霊(ひ)信仰」の補足

2021-05-19 12:30:07 | 宗教論
 はてなブログの「縄文ノート74 縄文宗教論:自然信仰と霊(ひ)信仰」を補足しました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 コロナ前は喫茶店と温泉で週3回、日経・朝日新聞を見ていましたが行く回数が減り、家でとるようになりました。3・11以降、朝日新聞から東京新聞に変えたのですが、全体的なデータ分析や経済記事が豊富なことから、日経も欠かせません。
今朝の日経新聞は2面で大きく「拙速な融和演出、危機を招く イスラエルとパレスチナが報復合戦」とトランプ政権の政策を批判した記事を載せ、11面では「聖地での衝突発端に」と解説し、「欧州、パレスチナ支持デモ 独仏など反ユダヤ主義拡大も」と懸念の声を伝えています。
 そこで、昨日の「縄文ノート74 縄文宗教論:自然信仰と霊(ひ)信仰」の一部を、歴史の原点に遡り、解決を模索する必要があると考え、次のように書き替えました。

 中学生の頃、映画『エクソダス 栄光への脱出』を見て感動し、「This land is mine God gave this land to-me(神がこの土地をくれた)」から始まる大ヒットした主題歌に何の疑問も持ちませんでした。当時は、ドイツナチスの大虐殺などのユダヤ人迫害に対し、これを逃れたユダヤ人の解放の正義の戦いと思っていたのです。
 ところが歴史を学ぶようになり、今はこの映画はユダヤ人のパレスチナ侵略賛美の巧妙な戦争宣伝映画と考えるようになりました。
 アララト山周辺の牧畜民のユダヤ人はカナン(今のパレスチナ)を「神がくれた土地」として略奪し、バビロン・エジプトに追われて捕囚・奴隷にされた後も再占領し、4度目のパレスチナ征服戦争を「神がくれた土地」として正当化したのです。
 残念なことに、旧約聖書を信じるアメリカ人キリスト教徒たちの多くもこの映画・主題歌に影響されてこの侵略・略奪を支持し、今にいたっているのです。アメリカ原住民の土地を奪い殺戮し、黒人を奴隷化し、ドイツ・日本に対して都市無差別爆撃・原爆投下などの異教徒殺戮を行ったアメリカ人たちもまたこの同じ選民思想・軍国主義の「神」の宗教と私は考えます。
 1960・70年代、共同体にあこがれた若者の中にはイスラエルの「キブツ」にあこがれた人たちがいましたが、その実態はアラブ侵略者の占領地での「軍事キャンプ共同体」だったのです。
 今も続くこのような「神」の名による強盗・奴隷化・殺人を終わらせるには、盗みや殺人を禁じていた共同体社会の根本宗教・土台宗教に立ち返るべきと考えます。

 
 本ブログのテーマの「スサノオ・大国主建国論」としても、縄文時代から続くスサノオ・大国主一族の「霊継(ひつぎ:DNAのリレー)」信仰が、家族・氏族・部族共同体信仰の原点であり、すべての宗教の土台であることを主張し、殺人と略奪、破壊の宗教に対してアピールすべきではないでしょうか。雛元昌弘 



「縄文ノート74 縄文宗教論:自然信仰と霊(ひ)信仰」の紹介

2021-05-18 20:32:37 | 宗教論
 はてなブログに「縄文ノート74 縄文宗教論:自然信仰と霊(ひ)信仰」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 縄文文化・文明に関心を持つ方は、近代・現代文明に行き詰まりを感じ、縄文人の自然と調和した「持続可能な」「持続的発展可能な」生き方や社会のあり方、階級・男女・老若の格差がなく互いに助け合う共同体社会、個性的で豊かな力強い芸術、自然・生命を大事にする思想・宗教などにあこがれ、これからの社会モデルとして考える人が多いのではないでしょうか?
 「縄文ノート48 縄文からの『日本列島文明論』」では、縄文文化・文明を「森の文明」(梅原猛・安田喜憲氏)や「湿潤地帯文明」(梅棹忠夫)、「稲作漁撈文明」「日本海文明」「生命文明」(安田喜憲氏)、「水と緑の文明」「海洋民文明」(川勝平太氏)などとした各氏の主張を紹介しましたが、世界の他の文明との比較を含めて、さらに検討を深めましたす。
 「持続可能性」「持続的発展可能性」について議論され、世界的な格差拡大・対立や一神教(ユダヤ・キリスト対イスラム教)同士の争い、新冷戦と言われる思想対立など「文明の衝突」が危惧されている現在、改めて「縄文文明」が持つ「自然と生命」の普遍的価値、人類誕生から「ヒト族」が信じてきた「霊(ひ)・霊継(ひつぎ)」の根本的・普遍的な人類の共通宗教、共通価値・思想について考察しています。
 本ブログのテーマの「スサノオ・大国主建国論」では、スサノオ・大国主一族の「霊(ひ)・霊継(ひつぎ)」」の八百万神信仰が世界の家族・氏族・部族共同体の信仰の中でどのように位置づけられるのか、世界遺産登録を視野にいれて、考えてみていただければと思います。雛元昌弘







□参考□
<本>
 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)
 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)
<雑誌掲載文>
 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)
 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)
 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)
 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)
<ブログ>
  ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina
  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/
  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/
  邪馬台国探偵団   http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/
  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/

「縄文ノート73 烏帽子(えぼし)と雛尖(ひなさき)」の紹介

2021-05-10 20:42:31 | 宗教論
 はてなブログに「縄文ノート74 烏帽子(えぼし)と雛尖(ひなさき)」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 「えぼし」というと、『もののけ姫』の製鉄のタタラ場を率いる「エボシ御前」をイメージする若い人も多いと思いますが、とんがった古代の烏帽子(えぼし=えぼうし)のことです。なぜ日本の貴族・高官が「カラス帽子」をかぶるようになったのか、さらに、その前面に「雛尖(ひなさき:クリトリス)」が付いているのか、気になりませんか?  
 冤罪裁判では「真実は細部に宿る」と言われてきましたが、今回は「烏帽子(えぼし)」と「雛尖(ひなさき)」から、縄文社会からのスサノオ・大国主建国と、さらには日本列島人の起源について考えてみたいと思います。
 「縄文ノート71 古代奴隷制社会論」「縄文ノート72 共同体文明論」ではマルクス・エンゲルスの歴史区分批判という大テーマで疲れましたが、今回は小テーマで息抜きをしたいと思います。 
 本ブログのテーマの「スサノオ・大国主建国論」では、スサノオ一族の神使の「三足烏(さんそくう)」がどこから伝わり、ワカミケヌ(若御毛沼:諡号は神武天皇)の「東征」で熊野から大和(おおわ)国へ道案内をしたとされる八咫烏(やたがらす)神話とどのように置き変わったのか、考えてみていただければと思います。雛元昌弘







□参考□
<本>
 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)
 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)
<雑誌掲載文>
 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)
 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)
 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)
 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)
<ブログ>
  ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina
  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/
  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/
  邪馬台国探偵団   http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/
  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/

「縄文ノート9 祖先霊信仰(金精・山神・地母神信仰)と神使文化を世界遺産に」の紹介

2020-03-02 18:09:19 | 宗教論
 はてなブログ「ヒナフキンの縄文ノート」に「9 祖先霊信仰(金精・山神・地母神信仰)と神使文化を世界遺産に」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/
 群馬県片品村(尾瀬の村)には全国で他にない古代からの古い祖先霊信仰を伝える5つの珍しい祭りが今も残っています。明治維新までに日本いたるところで行われていた性器信仰は、土器(縄文)時代の石棒と円形石組みによる地母神信仰(地神信仰)を引き継いだものであり、母系制の海人族の祖先霊信仰の伝統文化として未来に残すべきと考えます。
 この「八百万神」の祖先霊信仰は、世界宗教として「禁欲宗教」のユダヤ・キリスト・イスラム・仏教が成立する前に、ギリシア・ローマ文明などとともに世界に見られた普遍的な宗教であり、それが今も残されていることにを世界にアピールし、世界遺産登録運動を行うことを片品村に提案しましたが、まだ時期尚早であったようです。
今後、縄文社会研究会などをとおして、「日本中央(群馬・新潟・富山・長野・山梨)縄文文化遺跡群」の世界文化遺産を訴えていきたいと考えています。
 スサノオ・大国主建国論としては、この片品村のように、その痕跡が全国の神社の祭祀として残っているのではないかと私は考えています。古事記の垂仁紀に書かれた出雲大社の前に作られた「青葉山」が私が中高時代を過ごした姫路の総社に「一ツ山大祭」「三ツ山大祭」として残り、「置山・飾り山・山車・山鉾」が全国の祭りに残っているように、この片品村だけでなく各地でその痕跡を捜してみていただきたいものです。 雛元昌弘

御幣をかかげた猿役を村人が山に追い返す「猿追い祭り」:「片品村観光協会」HPより

宗教論1 新型コロナウィルスから箸墓古墳と崇仏廃仏、奈良大仏を考える 

2020-02-25 19:31:04 | 宗教論
 2月24日の新型コロナウィルスの国内感染者は156名(死者1名)、ダイヤモンド・プリンセス号は691名(死者3名)となりました。致死率は約0.47%で高齢者が中心で、SARSの致死率約9%と較べると高い数値ではありませんが、コロナウイルスは突然変異しやすいとのことであり、いずれ、さらに恐ろしいパンデミック(感染症の一国的・世界流行)が発生しないとも限りません。
 この機会に、古代の疫病の歴史をさかのぼってみたいと思います。

1.10代崇神期の疫病
 日本ではっきりとしたパンデミック第1号は、4世紀後半の崇神天皇期の「伇病多起、人民死為盡(役病が多く起こり、人民が死に尽きんとする)」(古事記)、「民有死亡者、且大半矣(民の死者あり、まさに大半であろう)」「百姓流離、或有背叛、其勢難以德治之(百姓流離し、あるいは背叛し、その勢い徳をもって治め難し)」(日本書紀)です。
 徳がないとされた崇神天皇(御間城入彦印恵)は宮中に祀っていたスサノオ(日本大國魂神=大物主大神=大美和大神)とアマテルの神霊を宮中から出し、スサノオの子孫のオオタタネコ(大田田根子)を探し出して美和(三輪)に祀らせたところ、疫病は収まったとされています。美和王朝の大物主(スサノオの子の大年。代々襲名)の権力を奪い、スサノオとアマテルの祭祀権を奪ったことにより恐ろしい疫病を招いたのが崇神天皇であったのです。「霊(ひ)継ぎ」が断たれたことにより、スサノオ・アマテルの霊(ひ)は崇神天皇に祟ったのです。
 梅原猛氏や井沢元彦氏は聖徳太子や孝徳天皇、称徳天皇、文徳天皇、崇徳天皇、安徳天皇、順徳天皇、崇道天皇(早良親王)のように「徳」の字の付けられた太子や天皇は怨霊であるとしていますが、私は「崇」字のついた10代崇神天皇、32代崇峻天皇、第75代崇徳天皇もまた怨霊に祟られた天皇か、怨霊となった天皇と考えます。
 32代崇峻天皇は蘇我馬子に殺され、讃岐に流される途中に絶食して憤死した早良親王は怨霊となって恐れられて崇道天皇と追称されて御霊神社などに祀られ、第75代崇徳天皇(崇徳上皇)もまた保元の乱で破れて讃岐で死に(暗殺説も)怨霊になったとされています。
 崇神期の恐ろしい疫病をスサノオを祀ることにより退散させた英雄のオオタタネコ(大物主)と妻のモモソヒメ(百襲姫:第7代孝霊天皇皇女)の夫婦墓が箸墓であることは、箸墓278mが9代開化天皇陵100m、10代崇神天皇陵242m、11代垂仁天皇陵227mよりも大きいことなどから裏付けられます。―「邪馬台ノート2 纏向の大型建物は『卑弥呼の宮殿』か『大国主一族の建物』か」参照

箸墓からみた美和山(三輪山)と穴師山


 「備後国風土記逸文」には一夜の宿を提供した貧しい蘇民将来にスサノオは「茅の輪」を与え、身につけていた一家は疫病から免れたという逸話があり、今も各地の神社では「茅の輪くぐり」が行われていますが、オオタタネコはスサノオの「茅の輪」を受け継ぎ、疫病退散のお守りとして「麻の三勾」(三輪山の蛇神のスサノオが鍵穴から去った時に残したとされる)を人々に配り、疫病を退散させたのかも知れません。

2.30代敏達期の疫病
 29代欽明天皇から蘇我氏と物部氏の崇仏廃仏論争が起こりますが、敏達天皇14年(585年)に「國行疫疾、民死者衆(国に疫疾がおこり、民に死者おおし)」「發瘡死者充盈於國(瘡が発して死者が国に充ちみちた)」(日本書紀)とされる疫病が流行します。パンデミック第2号といえます。
 この疫病の原因として、蘇我馬子が仏殿を建て仏法をおこそうとしたからと主張した物部守屋と、仏殿を壊し仏像を焼いたり海に捨てたからとする蘇我馬子の争いとなります。
 その後、32代崇峻天皇の時、蘇我馬子と炊屋姫(かしきやひめ:後の33代推古天皇)、聖徳太子は物部守屋を滅ぼします。
 この時も、疫病は崇仏廃仏の宗教対立・政治権力の争いになっています。

3.第45代聖武天皇期の疫病
 第45代聖武天皇期の天平9年(737年)の天然痘は、当時の日本の総人口の25~35%にあたる100万~150万人が死亡したとする説もあるパンデミック第3号です。
 「長屋王の変」により長屋王を自害させ、皇族でない藤原光明子を皇后として権力を奪った藤原不比等の息子の藤原4兄弟も全員が病死しています。
 この天然痘の流行は長屋王を自害させたことによると考えた聖武天皇は、平城京から恭仁京、難波京、紫香楽京へと遷都を行った後、平城京へ帰り、東大寺と盧舎那仏(奈良大仏)、国分寺を建立させています。

4.疫病からの政変と宗教・思想改革
 崇神期パンデミック(疫病大流行)はスサノオ(大物主大神・大美和大神)・大年(大物主)の美和王朝の権力を御間城印恵(いにえ)が奪ったことにより生じ、敏達期パンデミックは崇仏派と廃仏派(八百万神派)の争いを激化させて崇仏派の勝利へとつながり、聖武天皇期パンデミックは天皇家による仏教国教化を実現させます。
 疫病による人民の死は、宗教・政治対立を高め、スサノオ・大国主一族の八百万神信仰と建国から、天皇家による仏教国家への転換を生み出しています。明治維新は、なんとこのような崇仏天皇家の歴史を大逆転させ、廃仏毀釈に走ったのです。崇神天皇が認めた八百万神信仰に戻るのでもなく、本居宣長の「アマテラス太陽神教」というオカルト信仰宗教にはまってしまったのです。
 江戸時代末期の1858年におきたコレラの大流行では、死者数は江戸だけでも2.8万人あまり、日本全土では10~26万人とされていますから、1853年のペリーの黒船さわぎと相まって、人々の開港反対の攘夷意識に影響を与えた可能性は大きいと考えますが、命を大事にする霊(ひ)継の八百万神信仰でもなく崇仏でもなく、「アマテラス太陽神教」へと走ってしまったのです。
 このような歴史と較べると、今回の新型コロナウイルスは宗教的・思想的・政治的な変革をもたらす可能性は小さいかもしれませんが、私は「人類・生類全体のウィルスとの戦い」として、宗教の共通価値を確認する思想的な機会としてとらえたいと考えます。その一番重要な共通価値は生(DNAの継承)であり、変化を続けるコロナウイルスを無力化する免疫力の解明が課題となります。
 八百万神信仰は「霊(ひ=DAN)継ぎ」信仰であり、そこには神使である動物も生類として含まれます。中国における自然動物食の在り方を含めて考える機会とすべきチャンスかも知れません。