「皆さん、裏山に登ってみません。高御位山をみたいなあ」高木も皆さんを竜山の頂上へ案内しょうと思っていたところだった。高木が声をかけるまでもなく、皆は頂上への道を捜し初めていた。謎解きに夢中になり、われ先にという状況であった。方殿の左手に進むと、岩盤の斜面に石を削った階段があり、それを昇ると石の方殿を斜め上から見ることができた。方殿を背後から眺めて、高木はこの石の方殿を計画した人物のスケールの大きさ、ずば抜けて独創的な構想力を実感した。これを大国主と少彦名の国づくりのモニュメントと見抜いたヒメの感性は大したものだ。方殿の裏手を回り、一行は頂上を目指した。頂上に昇ると、まさに四方八方が一望できた。「北に見える頂上に巨岩がある山が高御位山です。東側は加古川を越えて加古川平野が開け、南には高砂市街が広がっています。その先は瀬戸内海で、さらにその先には東から南へ淡路島が見え、西には家島群島とその奥に小豆島が見えます」高木はスマートフォンでグーグルマップを見ながら説明した。「古代には、どのあたりまで、海だったのかしら」マルちゃんがすかさず聞いてきた。「古代には海抜5~6mあたりまでは海だったと言われていますから、この山の下から南の高砂市街地、加古川平野のかなりの部分は海だったのではないでしょうか?」国土地理院の地図閲覧サービスで2万5千分の1の地図を見ながら高木は答えた。かつては、縮尺の異なる地図を何枚も持って歩かなければならなかったが、今は便利になったものである。「先ほどここまで登りながら不思議に思ったのだけど、なぜ大国主と少彦名が頂上ではなく、山の中腹を選んで方殿を造ったのかしら」ヒメの関心は、高御位山から、方殿の謎解きに変わってしまっていた。こういう子どもがいて、授業中に質問ばかりされていた教師はさぞかし困っただろうな、と高木は同情せざるをえなかった。とはいっても、今や有名な推理小説家になっているのだから、教師もその苦労話を自慢しているのかもしれない。「確かに、ヒメの言うように、この頂上に方殿を削り出すことも出来るな。ここに立てた方が、四方から目に入る効果ははるかに大きい」長老の言うとおりである。なぜ、山の中腹なのであろうか、高木も疑問に思わざるをえなかった。「もう1つの謎は、なぜ、最初から方殿を立てた状態で建造しなかったのかしら? 寝かせた状態で造って、あとで立ち上げるなんて、大変じゃない」ヒメは疑問を感じると、口に出さずにはおれない。そして、謎を解かなければすまない質である。何事も素直に丸ごと受け入れてしま、丸暗記してしまう受験優等生の高木には、このように次々と疑問を持つことはなかった。「頂上に造るとなると、削り出す岩石の量が大量になりすぎるからじゃないの?」マルちゃんが、高木が考えていたのと同じ答えを先に言ってしまった。なだらかな山頂に高さ7mの方殿を残して掘り下げるのは大変な作業になる。「それはどうかな? 掘り下げた石をゴミとみれば膨大な作業になるが、石材としてみると、人々に喜ばれる資源にならないかな?」カントクもなかなか柔らかでユニークな発想をする。ヒメといい勝負である。「その謎を解く鍵は、当時の人々の宗教思想にあると思います」思いもかけないヒナちゃんの発想であった。「このような山全体が巨岩からなる場所は、その全体が神々天からおりて宿る聖なる神那霊(かんなび)山であったと考えられます。特にその頂上は、磐座(いわくら)として、この地域の人々の聖地だったのではないでしょうか。神那霊山を崇める出雲族の大国主や少彦名が、その聖地を削ることは考えられません」ヒナちゃんの説明は高木の中にもすんなりと入ってきた。「確かにそうだ。播磨の人々の聖地を、出雲からきた大国主と少彦名が占拠するということはありえないな。天と地を繋ぐ神那霊山の磐座は播磨の人々の神聖な場所だから、大国主と少彦名が独占することはありえないな」宗教にはうるさいカントクが直ちに賛同した。「そうよね。竜山の頂上の磐座よりも、一段下がったところに、地上の支配者である二人の王が建国儀式に使う方殿を築こうとした、というのは当然よね」ヒメも古代人の宗教からの説明に納得したようだ。
資料:日向勤著『スサノオ・大国主の日国―霊の国の古代史』(梓書院)姉妹編:「邪馬台国探偵団」(http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/)
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