海軍大将コルシンカの航海日誌

ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフについてあれこれ

《変化のない主題によるパラフレーズ》に関する3題

2020年04月12日 | ピアノ曲
《変化のない主題によるパラフレーズ》は、ボロディン、キュイ、リムスキー=コルサコフ、リャードフの合作による3手のピアノ作品集です。



「変化のない主題」とは上の譜面に示したとおり、「ファソファソ・ミラミラ・レシレシ・ドドドド」を第一奏者が延々と繰り返すというもので、両手の人差し指を使えば子供でも弾けるというアイデアなのですね。
音の感じからか「Tati-Tatiの主題」とか、人差し指を箸に例えて「Chopsticksの主題」などとも呼ばれています。
この作品については、わずかながらCDの録音もありますし、ネット上でも聴けたり日本語による解説記事もあったりしますので、マイナーながらそこそこ知られているようです。

Paraphrases: 24 variations and 16 small pieces on a simple theme ("Tati- Tati" or "Chopsticks")

私も以前リムスキー=コルサコフが作曲(関与)したものをDTMで作成しましたので、以下に貼り付けておきます。

  César Cui, Anatoly Lyadov, Nikolai Rimsky-Korsakov :
  "Paraphrases", 24 variations and Finale

  ♪キュイ、リャードフ、リムスキー=コルサコフ:《24の変奏曲とフィナーレ》 MP3

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Berceuse
  ♪リムスキー=コルサコフ:《子守唄》 MP3

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Fughetta on B-A-C-H
  ♪リムスキー=コルサコフ:《BACH主題による小フーガ》 MP3

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Tarantella
  ♪リムスキー=コルサコフ:《タランテラ》 MP3

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Menuet
  ♪リムスキー=コルサコフ:《メヌエット》 MP3

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Carillon
  ♪リムスキー=コルサコフ:《カリヨン(三連鐘)》 MP3

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Fugue grotesque
  ♪リムスキー=コルサコフ:《おどけたフーガ》 MP3


最後の曲は「グロテスクなフーガ」と訳されていることがありますが、聴けばわかるとおりグロテスクでもなんでもない愉快な小品です。まあ誤訳でしょう。

さて、ここではこれらの作品が作曲された経緯などを改めて紹介することは省略しますが、補足的に3点ほど。

【その1】リムスキー=コルサコフの《音楽の手紙》について

リムスキー=コルサコフの詳しい作品リストには登場する「音楽の手紙」(Musical Letter)というピアノ曲、リムスキー=コルサコフがリャードフに送ったはがきに書き添えられていたものとのことですが、この作品集の「24の変奏曲とフィナーレ」の第16変奏で用いられています(上のYouYubeで3:24あたりから)。
独立した作品というよりは思いついた旋律を書き留めただけのようなものですが、リムスキー=コルサコフの楽譜全集にも付録ながら収録されています。

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Musical Letter for A. K. Liadov
  ♪リムスキー=コルサコフ:《音楽の手紙》 MP3ファイル


【その2】シチェルバチョフの《雑色集》について

《変化のない主題によるパラフレーズ》は1893年に第2版が出版された際、初版(1879年)にはなかったリスト(!)とシチェルバチョフの作品が追加されました。
ニコライ・シチェルバチョフ(1853~1922)については、あまり情報がありませんが(カワイ出版『ロシア音楽事典』には甥のウラジーミル・シチェルバチョフが掲載されている)、いわゆる「五人組」の時代から彼らとともに活動を行ってきた作曲家のようです。

第2版の《変化のない主題によるパラフレーズ》には彼の《雑色集》が追加されたのですが、なぜかこれまでの録音でもガン無視されていたので、DTMで再現してみました。
ちなみにフランス語で付けられた「Bigarrures」という題名は、アレンスキーの作品でも「雑色集」とされているようなのでそれに倣いましたが、「いろいろな色」という意味のようですね。
音楽作品らしくするのであれば気取って「音の万華鏡」みたいなタイトルも考えたのですが、ここではおとなしく「雑色集」としておきます。

  Nikolai Shcherbachov : Bigarrures. Petit supplément aux Paraphrases
  ♪シチェルバチョフ:《雑色集》 MP3ファイル

出だしやそれに続く部分はエレガントでいい感じですが、第3部で突然へんてこりんな曲になって「んん~?」。
後半にもこのような部分があって、せっかくのムードが乱入してきた曲でぶち壊されているように(私は)思います。
この作品集にあっては演奏時間が7分あまりと少々長く、メインの「24の変奏曲とフィナーレ」プラス小品集という構成のバランスをいささか崩してしまう感もあってか、収録を敬遠されてしまったのではないかと邪推するのですが、どうでしょうか。


【その3】キュイの「素材」について

リムスキー=コルサコフの楽譜全集には、《変化のない主題によるパラフレーズ》のために書かれた「素材」も収録されていて、その中のキュイによるものが個人的に好きなので掲載しておきます。

  César Cui : Material for Paraphrases
  ♪キュイ:パラフレーズのための素材 MP3

美しくもなにか怖ろしさを感じさせる不思議な曲です。
自分ではどうにもならない宿命や死を受け入れざるを得ないというのか...大げさかもしれませんがそんな気持ちになります。
楽譜では最後に繰り返し記号がありますが、繰り返した後の終わり方は示されていないので、私が勝手に長調に転じるようにしました。
(最後に救済された感じになりますしね)

《ミーシャの主題による変奏曲》とタチアナさん

2020年04月12日 | ピアノ曲
リムスキー=コルサコフのあまり知られていないピアノ曲をご紹介します。



《ミーシャの主題による変奏曲》は3手の作品で、愛らしい主旋律に手の込んだ伴奏がつくといった構成で、演奏時間は1分ほどです。

「ミーシャ」というのは、リムスキー=コルサコフの長男のミハイルの愛称です。
そのミハイル本人の回想によれば、5歳か6歳のころ(1878年か1879年)に、自分の考えたメロディーを歌っていたところ、それを父が書き留めて伴奏を付け、1ページの小品に仕立てたとのこと。
リムスキー=コルサコフ家の様子が目に浮かぶような、ほほえましく感じられる作品です。

現在、楽譜が数種類出版されていますが、録音したものは出回っていないようですので、以前DTMで作成したものを貼り付けておきます。

  Nikolai Rimsky-Korsakov : Variations on a Theme by Mischa, for piano three hands
  ♪リムスキー=コルサコフ《ミーシャの主題による変奏曲》 MP3ファイル


第1奏者のパートを子供、第2奏者を大人が弾けば、子供でも連弾を楽しめるかもしれませんね。

***

この作品には一つ思い出があります。

リムスキー=コルサコフのお孫さんにあたるタチアナさん(Tatiana Vladimirovna Rimskaya-Korsakova, 1915-2006)がまだご存命だったころの話です。
私は新婚旅行でリュベンスク(リムスキー=コルサコフの避暑地だった田舎の村の名前)にいた彼女を訪ねて行った折に、日本からのお土産として、オルゴールの小箱を持って行ったのです。
そのオルゴール、注文により好きな音楽にしてもらうことができたのですね。

私がそのオルゴールの曲として選んだのが、この《ミーシャの主題による変奏曲》。
短くて愛らしく、何よりリムスキー=コルサコフ自身の作曲で家族への想いが伝わってくる、これ以外にはない!と、当時私は考えたのですね。


(写真は自分用に一緒に作ってもらったもの。タチアナさんにお渡ししたものは箱の手前に小さな時計が付くタイプでした。オルゴールの動画はこちら

さすがにタチアナさんもこのマイナーな曲が祖父の作品とは知らなかったようでしたが、喜んでいただけたのではないかと思っています。
その場に居合わせた、プスコフからいらっしゃったというチェリストは「チャイコフスキーか?」なんて訊いていましたから、ロシア本国でもあまり知られていないようでしたね。

タチアナさんは祖父の避暑地だったリュベンスクに自分もダーチャ(夏季の別荘)を建てていたのですが、2階の寝室でこのオルゴールの小箱を使っていると後でメールをいただきました。
彼女は2006年にご逝去されましたが、私はこの曲を聴くたびに、祖父の偉業を後世に伝えるためにご尽力されたタチアナさんのことが偲ばれるのです。