ミリペン画が溜まってきたので、ポートフォリオにまとめようとしています。
デジタル化の波が来ていると報道などでは言われていますが、デジタル専攻だった一個人としては、「原画」が大事だと思っています。
「あえて描かない」という選択をとる人々、詳しく言うと「絵を描くのが好きでない」「目的がないと描けない」「懸命な選択をとる」という気質の方がいらっしゃいますが、私は「描く」という選択をしてきたので、続けられる限りそうしたいと日頃考えています。
「デジタル化」支持の方には「原画よりデータ化」という人もおられますが、私の経験では「ファイル形式がなくなってしまって開けない」という同じ轍を踏みたくないので、「データ化」もJPEGなどにしています。
破損しやすいと言われていたMOデータのほうが、MOドライブをつないで確認してみたら破損せず残っていたりして、不思議なものです。
DTPがなければ書籍はできないので、肯定はしていたのですが、印刷屋さんもオフラインかもしれませんし、解像度の概念がない紙に描いた手描きの練習をしています。
今までは「デジタルと同じに見えるペン画」を心がけていたのですが、「原画が大事」という価値観の変化から、原画でしか伝わらない表現、「細かい線幅のペン画」も描けるようになってきました。
「社会的距離戦略時の心象風景画」は続けていく予定ですが、その「発明」ではなく(自分以外にも同じような表現をいている方がどこかにいらっしゃると思うので)「発見」した表現を増やし、その副産物として似顔絵などの作品に活かしていきたいです。
「ものの見方」を発見できる量が減ってはきていますが、検討をつけて観たり、観る範囲を限定したりして、一日最低一枚は描いています。































ミリペン画のポートフォリオ作成中2へ。
デジタル化の波が来ていると報道などでは言われていますが、デジタル専攻だった一個人としては、「原画」が大事だと思っています。
「あえて描かない」という選択をとる人々、詳しく言うと「絵を描くのが好きでない」「目的がないと描けない」「懸命な選択をとる」という気質の方がいらっしゃいますが、私は「描く」という選択をしてきたので、続けられる限りそうしたいと日頃考えています。
「デジタル化」支持の方には「原画よりデータ化」という人もおられますが、私の経験では「ファイル形式がなくなってしまって開けない」という同じ轍を踏みたくないので、「データ化」もJPEGなどにしています。
破損しやすいと言われていたMOデータのほうが、MOドライブをつないで確認してみたら破損せず残っていたりして、不思議なものです。
DTPがなければ書籍はできないので、肯定はしていたのですが、印刷屋さんもオフラインかもしれませんし、解像度の概念がない紙に描いた手描きの練習をしています。
今までは「デジタルと同じに見えるペン画」を心がけていたのですが、「原画が大事」という価値観の変化から、原画でしか伝わらない表現、「細かい線幅のペン画」も描けるようになってきました。
「社会的距離戦略時の心象風景画」は続けていく予定ですが、その「発明」ではなく(自分以外にも同じような表現をいている方がどこかにいらっしゃると思うので)「発見」した表現を増やし、その副産物として似顔絵などの作品に活かしていきたいです。
「ものの見方」を発見できる量が減ってはきていますが、検討をつけて観たり、観る範囲を限定したりして、一日最低一枚は描いています。































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