十月の終わりに、あのひとから
一通、LINEが届いた。
親愛なる詩音ちゃんへ
LINE2通、ちゃんと届いて
います。
なかなか返事できなくて、ごめん!
もっとゆっくりのんびりしなきゃ、
と思いつつ、
なんだか背中を押されて急がされて
いるような日々をすごしています。
前のLINEにも少し書いたと思うけ
ど、今後の身のふり方に関して、
自分でもよく整理できていないこ
となので、今度電話で話します。
前にも話したように、しばらくアメ
リカでがんばりたいという気持ちに
変化はありませんけれど。
僕の方にはあれからひとつ、新し
い出会いがありました。
運命の出会いっていうと、大げさ
だけど、今かなり感動し、揺れ動
いています。
逡巡しているというのが近いかも
しれないな。出かける時間になっ
てしまったので、きょうはこの辺
で。とりあえず、元気でいますか
ら、心配無用です。
詩音ちゃんも元気でね。
快晴
そして、そのあと、LINEは
ふっつりと途絶えてしまった。
「新しい出会い」「運命の出会い」
「感動し」「揺れ動いています」
前向きな気持ちでいる時読み返すと、
それの言葉は明るい響きと輝きを
帯びて、わたしの目と耳に届いた。
きっと素晴らしい出会いがあった
に違いないと、素直に喜ぶことも
できた。
けれども、気持ちが落ち込んで
いる時には、まるであのひとか
ら突き放されてしまったかのよ
うな、疎外感を覚えた。読めば
読むほど、疑心暗鬼にとらわれ
た。
あのひとがわたしから、どん
どん遠ざかっていくような気
がして。
運命的で感動的な新しい出会い
によって、あのひとの心境に、
なんらかの変化があった。それ
をわたしにどう説明したらいい
のかわからなくて、あのひとは
戸惑い、揺れ動いている?
なぜ?
なぜ、揺れ動くの?
何を、どう、逡巡しているの?
あのひとはわたしに、何かを隠
している?
こんな気持ちになるのは、出会
って以来、初めてのことだった。
銀行に勤めていた頃、あのひと
がつき合っていた人は、三つ
年上の日本人留学生。
コロンビア大学のビジネスス
クールで、経営学を学んでい
たという。彼女が修士課程を
終えたら、ふたりは結婚する
つもりだった。
けれど、あのひとが銀行を
辞め、料理人になりたいと
言い出した時、彼女は「そ
れでは約束が違う」とは
違うと激しくあのひとを責め、
ふたりはやむなく別れること
になった。出会ったばかりの
頃、あのひとが教えてくれた
「昔の彼女」の話しは、それ
だけだった。
彼女はその後どこで暮らし、
今は何をしているのか。もし
かしたらまだ、マンハッタン
に住んでいるのか、わたしは
何も知らなかったし、特に知
りたいとも思わないままでき
た。
けれどもわたしは今、知りたい
と思い始めていた。