ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

『温かいところ』

2021年09月10日 19時06分15秒 | owarai

鯛を買ってきた。 
きれいにあらってから刺身を 
作る。内臓だけを見て、「この 
鯛は汚い」と、ケチをつけて 

捨てる人はいない。内臓はそっと 
捨てるもの。 

人の欠点も同じこと。 

他人とのつき合い方も、相手の 
長所とだけつき合えばよいので 
ある。相手の欠点、短所に、 

お互いに触れなければ、相手を 
嫌ったり傷つけてしまうこと 
はないのである。 

相手が傷つきやすい子どもで 
あればなおさらのこと。 
子どもは、欠点を指摘される 
と、 

冬の荒野に放り出されたような 
気持になってしまう。 

家庭とは、温かいところである。 
あたたかい家庭とは、欠点をやさ 
しくカバーしあえる場所のこと 
である。 

欠点は、カバーされると、 
スっと消えてゆく。

 

 


夢十夜どうせ結ばれないのならあねとおとうとの神話を描く

2021年09月10日 19時03分54秒 | owarai

泣くだけ泣いて、空っぽになった
心に何が残るだろう。
本当に不思議なことだけれど、それ
までとは違った思いがふっと空っぽ
の心に舞い降りる。
「ありがとう」
そんな思いが、舞い降りる。
たとえつらい恋だったとしても、
恋人だった人への感謝で心は
満たされる。

そのような気持ちに行き着くまで、
何日かかるのか、何ヶ月、何年
かかるのか。
とても感謝なんてできないと思う
恋もきっとある。
でも、それでいい。いつか気持ち
が溶け出すことを信じて。
終わった恋に「ありがとう」が
言えたとき、別れは決して悲しみ
だけではなかったことを知るだろう。


ぴかぴか(新しい)


別れの淋しさを思うとき、私は
『ライ麦畑でつかまえて』の
最後を思い出す。
恋とは違うけれど、「あいつらが
今ここにいないことがたまらなく
淋しい」と、主人公は思う。
そう、今ここにあの人がいない
ことは淋しい。
でもそれは、悲しみとは違う。郷愁
にも似たせつなさなのだ。


YouTube
Tatsuro Yamashita 山下 達郎 - That Bewitching Scent/Amaku Kiken Na Kaori あまく危険な香り

https://www.youtube.com/watch?v=_slA5NARQvY

 


娶(めと)るとはさびしからむに君はいま白きシャツなどひらひらと着る

2021年09月10日 19時01分03秒 | owarai

男から離れているのと同じ
ぐらい、女からも離れてい
るのである。女であること、
妻になること、そして母に
なることへの違和感。本来
の自分との「ズレ」の感覚
がエネルギーなのだ。

いけないこともしたりも
します。
私の心は弱いのです
だからといって
私を弱いと思わないように

とてもたくさんのことがあります
とてもたくさんのまちがったこと

本当でないと思っても
そうしてしまうことも
あります
いけないこともしたりもします

私の心は強いのです
だからといって
私を強いと思わないように


YouTube
本当に好きな歌!!2つのサーチライト (玉置浩二&絢香 クラシック)

https://www.youtube.com/watch?v=_J4e7-gEWes

 

 


手のしぐさ

2021年09月10日 08時49分09秒 | owarai

フランスでは「手の動きに
よって、その家の躾(しつけ)
が分かる」というぐらい、
手の表情、手のしぐさを大切
にします。実際ディナーの時
など、手のしぐさが美し方に
は、思わず見とれてしまします。

昔から「目は口ほどに物を言
う」と言って、まなざしの表
情には比較的意識的な多い日
本ですが、美しい手のしぐさ
を雄弁に自分の想いを表現で
きる、最高のアクセサリー。

ぜひ、フランスの方の美しい
手の表情、身につけてみませ
んか。
まず絶対に避けたいのが、口
に手をあてたり、手を無駄に
顔のところに持ってくること。
因みに、天皇家では強風でも
髪を手でおさえるのはタブー
です。

「口元に手を持っていっては
いけない」「食事の時に髪の毛
を手で触れてはいけない」と
いうのは、厳然としてある常
識的マナーです。

 


「よく引っかかる人が何かをする人」

2021年09月10日 08時34分33秒 | owarai

安岡正篤(やすおかまさひろ)は、
「絶えず人生に対して、あるいは
物事に対して『問い』を持って
おれば、必ず人生の師に出会う。
「問い」とは、物事に対したとき
「なぜだろう」「何か変だな」と
感性の中から湧いてくる実感だと
思います。

多くの人は、「まあいいか」でやり
過ごしてしまう。
そこで引っかかる人が、何かを
成し遂げる人です。引っかかった
ことに対して、「なぜだろう」と
一歩突っ込んで考える。
これが凡、非凡の分かれ道となる
「ちょっとおかしい」と感じる分
野は、その人の才能や関心によっ
て違ってきますが、「いかに問うか」
が大切です。

問いを正しく持てば、答えはほとん
ど出たも同然です。自分で答えが
わからなければ、その道の権威に
教えを乞えばいいだけですから。

本田技研の創業者、本田宗一郎は、
鋳物に疑問を持って浜松高等学校
の先生の門を叩いて夜間部に通った。
そして「本多鋼」で金属研究の
世界的な権威となった本多光太郎に
教え請いに仙台まで出かけています。