ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

嫌いな色があらわしている彼の気持ち

2023年02月12日 12時21分15秒 | owarai
嫌いな色には、その
人の性格が表れる。

『カレが嫌いな色』
赤:
俺の努力は報われていな
いという挫折感、無力感を
示しています。

黄:
いまの生活に失望していた
り、夢や希望を失った過去
があります。

青:
自分はこの世で一番不幸
な人間だと考えています。

緑:
自分が認められないのは、
周りの人たちに見る目が
ないからだと考えています。

紫:
周囲に反感を持っていて、
孤独感や疎外感を感じて
います。

茶:
みんなに認めてもらいたい、
目立ちたいと考えています。

黒:
すべてに対して否定的。自
分の考え方以外を排除しよ
うとしています。

灰色:
毎日の生活が単調で、刺激
を求めています。

好みの色は国や性別、年齢
で違います。



女性は紫から赤にかけての
色が好きで、さらに年齢を重ね
るにつれ、明るくて鮮やかな
色から暗く渋い色に好みは
変化していきます。

透き通った川底に、沈んで いる小石のような言葉たち

2023年02月12日 12時20分04秒 | owarai
大好きな人の瞳の中に
とまどう自分を見つけたとき
流れの速い川に押し流されて
いくような感じがした

片思いでなくなったとき
そんなふうに喜びと悲しみ
が同時にやってきました

私は流れに逆らって
水面に張り出す枝をつかもうと
するけれど
指先に弾けて小さな痛みが
残るだけ

だけど同じ流れの中にいる
あの人を見つけたとき
私はあの人の気持ちを知りました

思わず手を差し伸べて
水の中でキスしました

『能の醍醐味』とビートたけし

2023年02月12日 12時17分06秒 | owarai
「週刊文春」に、以前、掲載された
たけしと能がきわめて正論で愉快だ
った。

なるべくなら全部書きたいところ
だが、全部書くわけに行かないか
ら抜粋すると、

そもそも彼がお能を見に行ったの
は、「どいつもこいつも浮き足立
つているもんで、少しは気を鎮め
てだな、わびとかさびとかに触れる

のもいいんしゃないか」てんで、
千駄ヶ谷の国立能楽堂へ足を
運んだというわけである。

はじめのうちは眠たくて寝ていた
が「後場(これ後シテでは?)に
入ったら起こされちゃった。

鼓がうるさくて。
で、最後まで一気に見せられて、
いやもうおもしろかったな。

・・・幽玄とか精神文化に関わ
りがあるのが能だとかいわれて
いるらしいけど、全然そうじゃ
ない、あれは昔のロックコン
サートだぜ」

「能の囃子と舞もいいけれど、
能面を使う発想も卓抜でさ、
お面は何も語らないけどすべ
て語るっていうか。


一即多、多即一のサンプルかな。
これが私の感情なんだって表現
を生の顔でやると、それ一個し
かない。

客の想像力が縛られる。ところ
がお面っていうのは一個の感情
表現なんだけど、同時に表現の
消去でもあって、見るものに
よってどうとでもなる」

文句をいえば、謡い(うたい)
の言葉がわかんないのが欠点
だと彼はいうが、

最後には、
日本のガキどもが外国語の
意味もわからず歌っている
のと同じことだ、

要は「ノリ」なわけだから、
お能はM・C・ハマーにだっ
てひけをとらない。ノリ一筋
の馬鹿ばかりでなく、前衛
音楽好きのヤツもどんどん
ファンになっちゃうよ。・・・

と、まあそういった次第なの
だが、私が子供のときからお能
にとりつかれたのも、祖父が
お茶の先生で足さばきが能だっ
たからだ。

能は、今でもノッテ来ると、見
物席でじっとしているのに精一
杯である。

だいたい、一糸乱れず、几帳面
で、見ていてドキドキしないよ
な、踊り出したくならないよう
な演技なんて、何が面白い?

室町時代の世阿弥の頃はみんな
うそうだったに違いないが、

ビートたけしさんの新鮮な眼は、
はからずもお能に一番大切な、
原始的なものをとらえて見せて
くれたのである。

僕は落語家のなりそこないだが、
談志師匠が2流を目指せと、口々
におっしゃていました。
一流になったらお終いだと・・
・・。


自覚

2023年02月12日 12時14分37秒 | owarai
「女は自分が不美人である
ことをなかなか理解しない。

男は自分がバカであること
をなかなか理解しない」

/ 中国のことわざ


要するに、
男も女も、うぬぼれが強い
と・・・・・・、

でも、うぬぼれてなきゃ
生きていられない(笑)


でも、
私は自分がバカだという
ことをウッスラ気がついて
いた。

今はしっかりとバカだと
自覚している(笑)

女に不美人はいないなぁ~。
だって、女の好みはみんな違う、
昔の美人おかめ顔だ。



そのときまで・・・

2023年02月12日 12時12分56秒 | owarai
もう、なんか人好きになれない
気がするな・・・。
こわくなっちゃたな。

好きになって裏切られてって・・・・
そういうの。

無理しなくていいんじゃないかな。
自然に、また誰かに、
好きって言いたくなる時期が
来るよ。

   ・・・そうかな。



その時まで待てばいい。

盛り付け次第で料理は   <向田邦子さん

2023年02月12日 12時10分22秒 | owarai
【コラム向田邦子さんの
料理:】

「何かの間違いで、テレビ
やラジオの脚本を書く仕
事をしているが、

本当は、板前さんになりた
かった」

板前さんになりたい、向
田さんは若い頃から言って
いたそうだ。

お品書き遊びもお好きだし、
晴れて板前さんになったと
しての信条は、

一に材料、二に包丁。
そして、三、四がなくて、
五に器。

盛り付け次第で料理は
おいしくもまずくもなる。
そこを見抜いて、である。


“心の置きどころ”を教えてくれるもの

2023年02月12日 12時09分11秒 | owarai
ヨガ哲学では、「人間の健康も、
運命も、心一つの置きどころ」
と教え、心を積極的にすること
の大切さを説く。

自動車のエンジンを動かすには
ガソリンが必要ですが、発火装
置がなければ動きません。

人間の身体も、単に空気や植物、
水、日光、土などがあるだけで
は機能せず、それを動かす「氣」
があってはじめて機能すると言い
ます。

たとえば、モーターだけをいくら
立派に作っても、電圧が低ければ
回らないのと同様に、身体もいく
ら臓器が立派で食べ物がよくても、

人間の生きる命の力を豊富にし、
生きがいを持たなければ健康に
ならないと教えます。

この世に、最初から安心と不安と
かがあるのではなく、それはすべ
て己の心の中の想念にしかすぎま
せん。

心の中に不安があれば、思い煩っ
て気が晴れず病気になったり、
行動に迷いが出て失敗の確率が
高まるわけです。

物質文明の発達した現在、病人や
不運の人がなんと多いことで
しょうか。それは、一切の物事
の根底にあるただ一つのもの、

この霊妙なる氣の持ち方に問題
があると言えないでしょうか。

唇をよせて言葉を放てどもわたしとあなたはわたしとあなた

2023年02月12日 12時07分03秒 | owarai
読まれる年代で微妙に感じ方が違う。
二十代だと「どんなに愛しあう人
がいても、結局は自分の人生は自
分で生きるしかないし、死ぬとき
は誰もが一人だ」―

それは、あたりまえといえば、あた
りまえのことなのだけれど、恋愛
をしながらこういう感覚をもつこと
が、新鮮なのだ。恋愛というのは、
そういうことを忘れさせてくれる
もの、だったなら。相手に依存する
のではなく、しっかり自立している
女性の像を感じたのではないか。

年齢で少し違う感じを持つのでは。
きっぱりと言い切っているように
見える下の句の、その後に、一抹
の寂しさが漂う。

恋愛は、人が一人であることを
忘れさせてくれることもあるけれ
ど、あらためて一人であることを
教えてくれることも多い、と知る。
かつて「わたしとあなたは、わたし
とあなたなのよっ!」と目に映った
下の句が、「わたしとあなたは、や
っぱどこまでいっても、わたしと
あなたなのね・・・・」と見えて
くるのでは。

単純な繰り返しのように見える
下の句だが、決して単純ではない。
最初の「わたしとあなた」の「と」
は「AND」で、次の「と」は「
VS」だ。この「と」がなくなる
と、「わたしはわたし・あなたは
あなた」になってしまう。

上の句の受けとりかたも、年齢で
受けとめ方が違う。二十歳の頃は、
どんなに言葉を尽くしても、わか
りあえない部分がある、というよ
うに、言葉のむなしさや限界とし
てとらえる。が、その後は、そんな
ことはわかったうえで、けれど一
生懸命言葉をつむぐ努力、それが
恋愛なのだと思う。

「あなた」よりも「わたし」を
先にもってきたのは、女性(自分)
が中心の世界観。だが、「と」の
重みを信じる人でいてもいい。
この歌を、恋愛のゴールではなく、
スタートだと思って欲しい。