菊澤研宗さんの本は、この本の前に日経ビジネス人文庫で『組織は合理的に失敗する』という本を買っていた。それはサブタイトルに「日本陸軍に学ぶ不条理のメカニズム」とあるように、軍事史を俎上にのせたものだ。軍事史に興味がある僕はそれで購入したのだ。だが始めの方で「日本軍の非効率で不正な行動の背後に人間の合理性が潜んでいた」という記述があり、日本軍の高級将校に一片の合理性も感じられない僕はそれ以上読み進む意欲が減退して現在まで放置したままである。でも今はまた読みたくなった。
ではなぜ僕がこの同じ著者の『戦略の不条理』を買って読む気になったのかというと、目次の中に「ポパーの多元的世界観」という項目があったからだ。ポパーの信奉者である僕はそれに魅かれて早速購入した。
結論から言うと、この本はポパーの三次元的世界観と人間の限定合理性の認識と合理的批判主義を応用したキュービック・グランド・ストラテジーにより経営学と軍事学の統合を目指したものである。キュービック・グランド・ストラテジーについて著者は「立体的大戦略」と訳しているが、「三次元的基本戦略」と訳した方がわかりやすいかもしれない。
ポパーによれば我々の属する世界は3つの部分世界に分類できる。一つは「物理的世界」、二つ目は「心理的世界」、三つ目は「知性的世界」だ。誤解の無いようにことわっておけば、「心理的世界」「知性的世界」といえども個人の主観のことではなく、人類間に客観的に存在する世界のことだ。
物理的世界とは、椅子、机、身体などの物理的世界。心理的世界とは。人間の心理、心的状態の世界、知性的世界とは、知識、理論内容、権利、情報などの人間の知性で把握できる世界だ。
経営あるいは軍事といえども一つの世界、たとえば物理的世界で合理的だと思っても、他の世界に関することで不合理だと成功しない。これがこの本のタイトルの『戦略の不条理』だ。軍事的に有利な戦力や位置関係を持っていても敗北し、またマーケティングにおいても他より安くて性能が良くても売れないのはそのためである。
軍事理論でも有名なクラウゼヴィッツの戦争論は主として物理的世界についてのものだ。リデル・ハートは心理的世界も考慮にいれて、軍事で物理的に制圧しても復讐心が残ると警告している。孫子は3つの世界を考慮に入れている。
3つの世界をよく視野に入れた軍人はロンメル将軍だ。張りぼて戦車やぐるぐる回る戦車行進など自軍の戦力を大きく見せる細工などをしている。ナポレオンもハンニバルも3つの世界に応じた戦略をとって当初は大活躍をしたが、状況変化に合わせての戦略の再検討を怠ったために、最後は敗北した。
この本で出てくる概念装置が二つある。一つは「価値関数」、もう一つは「取引コスト」だ。
「価値関数」は人間の心理的世界の特徴を表したもの。この関数はS字型のグラフで表せる。縦軸は上方が満足、下方が不満足を示す。横軸は左方が損失で右方が利益だ。この縦軸と横軸の交点はレファレンスポイントといい、満足でもなく不満でもなく、また利益も不利益もない点だ。価値関数のグラフはこのレファレンスポイントを中心にS字型のカーブを描く。このグラフが意味するところは、利益が出ている場合はそれ以上の利益の増加に比して満足度の上昇度が小さくなる。つまりそれ以上の利益を求めようとする誘因が小さくなりむしろ損失を恐れるようになる。たとえば利益が1ポイント増えても満足度は0.5ポイントしか上昇せず、利益が1ポイント減れば満足度は0.8ポイントも減るからだ。逆に損失がある場合は、大きな利益を求めようとするが損失を怖れる気持ちが薄くなる。つまり損害を気にせずに一か八かの攻勢に出やすくなる。これはこの面では、利益が1ポイント上昇すれば満足度は2ポイント上昇するが、損失が1ポイント出ても満足度は0.5ポイントしか減らないからである。
この点で思うのは、太平洋末期の日本軍が、敵機動部隊の一挙壊滅をねらって、台風時(つまり敵空母から飛行機がとべない)とか、アウトレンジ(飛行機の航続距離の差でこちらからは攻撃できるが向こうからは攻撃できない)とか、安易な自己中心の皮算用を行い、一か八かの作戦をたてて大敗したことである。
ナポレオンはアウステリッツの三帝会戦の時、まだ自分の兵力が整っていないので、敵のオーストリア皇帝に対して弱気な態度で講和したいそぶりをみせた。そうなると自己が優位と感じたオーストリア皇帝はすぐに攻撃して勝利を掴むという気がうせてしまって、その間にナポレオン軍は兵力をととのえた。
次は「取引コスト」。これは知性的世界に関する概念だ。交渉取引には経理上には記載されなくてもさまざまに無駄な労力や時間がつきものである。それらは通常だれもが予感して知っている。優れた性能の製品がよく売れるわけでないのはこの取引コストによる。タイプライターのアルファベット配列は初期のタイプライターが故障しないようにわざと早く打てないように不便な配列にしたもので現在では不合理でしかない。しかしながらより合理的で早く打ちやすい配列のキーボードは売れない。それは消費者が慣れる時間や他との互換性をなどの取引コストを考えてしまうからだ。
この本で取り上げなかったが、鵯越(ひよどりごえ)を馬で下った源義経や、武田勝頼と同盟して御館の乱で勝利した上杉景勝・直江兼継主従は、キュービック・グランド・ストラテジーをよくわきまえていたと思われる。
ではなぜ僕がこの同じ著者の『戦略の不条理』を買って読む気になったのかというと、目次の中に「ポパーの多元的世界観」という項目があったからだ。ポパーの信奉者である僕はそれに魅かれて早速購入した。
結論から言うと、この本はポパーの三次元的世界観と人間の限定合理性の認識と合理的批判主義を応用したキュービック・グランド・ストラテジーにより経営学と軍事学の統合を目指したものである。キュービック・グランド・ストラテジーについて著者は「立体的大戦略」と訳しているが、「三次元的基本戦略」と訳した方がわかりやすいかもしれない。
ポパーによれば我々の属する世界は3つの部分世界に分類できる。一つは「物理的世界」、二つ目は「心理的世界」、三つ目は「知性的世界」だ。誤解の無いようにことわっておけば、「心理的世界」「知性的世界」といえども個人の主観のことではなく、人類間に客観的に存在する世界のことだ。
物理的世界とは、椅子、机、身体などの物理的世界。心理的世界とは。人間の心理、心的状態の世界、知性的世界とは、知識、理論内容、権利、情報などの人間の知性で把握できる世界だ。
経営あるいは軍事といえども一つの世界、たとえば物理的世界で合理的だと思っても、他の世界に関することで不合理だと成功しない。これがこの本のタイトルの『戦略の不条理』だ。軍事的に有利な戦力や位置関係を持っていても敗北し、またマーケティングにおいても他より安くて性能が良くても売れないのはそのためである。
軍事理論でも有名なクラウゼヴィッツの戦争論は主として物理的世界についてのものだ。リデル・ハートは心理的世界も考慮にいれて、軍事で物理的に制圧しても復讐心が残ると警告している。孫子は3つの世界を考慮に入れている。
3つの世界をよく視野に入れた軍人はロンメル将軍だ。張りぼて戦車やぐるぐる回る戦車行進など自軍の戦力を大きく見せる細工などをしている。ナポレオンもハンニバルも3つの世界に応じた戦略をとって当初は大活躍をしたが、状況変化に合わせての戦略の再検討を怠ったために、最後は敗北した。
この本で出てくる概念装置が二つある。一つは「価値関数」、もう一つは「取引コスト」だ。
「価値関数」は人間の心理的世界の特徴を表したもの。この関数はS字型のグラフで表せる。縦軸は上方が満足、下方が不満足を示す。横軸は左方が損失で右方が利益だ。この縦軸と横軸の交点はレファレンスポイントといい、満足でもなく不満でもなく、また利益も不利益もない点だ。価値関数のグラフはこのレファレンスポイントを中心にS字型のカーブを描く。このグラフが意味するところは、利益が出ている場合はそれ以上の利益の増加に比して満足度の上昇度が小さくなる。つまりそれ以上の利益を求めようとする誘因が小さくなりむしろ損失を恐れるようになる。たとえば利益が1ポイント増えても満足度は0.5ポイントしか上昇せず、利益が1ポイント減れば満足度は0.8ポイントも減るからだ。逆に損失がある場合は、大きな利益を求めようとするが損失を怖れる気持ちが薄くなる。つまり損害を気にせずに一か八かの攻勢に出やすくなる。これはこの面では、利益が1ポイント上昇すれば満足度は2ポイント上昇するが、損失が1ポイント出ても満足度は0.5ポイントしか減らないからである。
この点で思うのは、太平洋末期の日本軍が、敵機動部隊の一挙壊滅をねらって、台風時(つまり敵空母から飛行機がとべない)とか、アウトレンジ(飛行機の航続距離の差でこちらからは攻撃できるが向こうからは攻撃できない)とか、安易な自己中心の皮算用を行い、一か八かの作戦をたてて大敗したことである。
ナポレオンはアウステリッツの三帝会戦の時、まだ自分の兵力が整っていないので、敵のオーストリア皇帝に対して弱気な態度で講和したいそぶりをみせた。そうなると自己が優位と感じたオーストリア皇帝はすぐに攻撃して勝利を掴むという気がうせてしまって、その間にナポレオン軍は兵力をととのえた。
次は「取引コスト」。これは知性的世界に関する概念だ。交渉取引には経理上には記載されなくてもさまざまに無駄な労力や時間がつきものである。それらは通常だれもが予感して知っている。優れた性能の製品がよく売れるわけでないのはこの取引コストによる。タイプライターのアルファベット配列は初期のタイプライターが故障しないようにわざと早く打てないように不便な配列にしたもので現在では不合理でしかない。しかしながらより合理的で早く打ちやすい配列のキーボードは売れない。それは消費者が慣れる時間や他との互換性をなどの取引コストを考えてしまうからだ。
この本で取り上げなかったが、鵯越(ひよどりごえ)を馬で下った源義経や、武田勝頼と同盟して御館の乱で勝利した上杉景勝・直江兼継主従は、キュービック・グランド・ストラテジーをよくわきまえていたと思われる。