[書籍紹介]
藤沢周平の初期短編集。
まさしく初期も初期で、
『オール読物』新人賞を受賞したデビュー作から、
毎年、直木賞候補になり、
ついに直木賞を受章する頃の
2年間の作品群。
「冥い海」:『オール読物』」昭和46年6月号。
オール読物新人賞受章作。
46年上半期直木賞候補。
「囮」:『オール読物』昭和46年11月号。
46年下半期直木賞候補。
「黒い縄」:『別冊文藝春秋』47年9月。
『オール読物』昭和48年4月号に再録。
47年下半期直木賞候補。
「暗殺の年輪」:『オール読物』昭和48年3月号。
48年上半期直木賞受章。
「ただ一撃」:『オール読物』昭和48年6月号。
この頃の直木賞は、
単行本でなく、
文芸誌に掲載された短編でも候補になったようだ。
黒い縄
嫁ぎ先の姑とうまくいかず、
いびり出された形で出戻って来たおしの。
しばらく顔を見ていない古い知人宗次郎に出会った。
そのことを知った元岡っ引で今は植木職人の地兵衛の目が光った。
地兵衛が言うには宗次郎はおゆきという女を殺した犯人だという。
別の日におしのは宗次郎と会う事になり、
その時におしのは地兵衛から聞いた事を宗次郎に尋ねるが、
宗次郎は人を殺してなんかいないと断言する。
逆に宗次郎は最近付けられているような気がしているという。
どうやら、地兵衛が宗次郎の捜索をしているようだ。
もう十手は返している身なのに・・・
離縁された女の心に忍び込んで来る、
幼なじみへの追慕が哀しい。
暗殺の年輪
葛西馨之助は自分に対する周囲の視線が冷ややかなのを感じていたが、
最近になって、その理由を知った。
父が昔、藩内の政争により、
ある重臣の暗殺に失敗し、腹を切ったのだ。
母への不名誉な噂も付いてきた。
その葛西馨之助に、藩の上層部から、
藩の中老・嶺岡兵庫の暗殺についての命令が下る。
嶺岡こそ、父が暗殺に失敗し、
母の貞操を奪った男だった。
親子二代に渡る無情な役目。
しかし、それには裏があって・・・
家名を守るために、
身を捧げる母の姿が哀しい。
ただ一撃
仕官希望の剣士、清家猪十郎によって
次々と藩の若者が敗れていくことに腹を立てた藩主は
清家猪十郎を叩きのめさないと気が済まなくなる。
そこで白羽の矢が立ったのが刈谷範兵衛。
しかし、範兵衛は年老い、
今は隠居の身。
息子すらも父が兵法の達者であることを知らなかった。
周囲は不安を抱くが、
刈谷範兵衛は 清家猪十郎の姿を垣間見た時から、
修行を再開する・・・
元の荒武者に戻った義父を鼓舞するために
身を捧げる義娘・三緒の想いが哀しい。
しかも、自害に当たる理由は・・・
冥い海
葛飾北斎は安藤広重の噂を耳にする。
東海道を描いた画が評判だという。
北斎は大傑作「富嶽三十六景」を描いていたが、
それを凌ぐという噂だ。
気になった北斎は、
ようやく広重の絵を見る事が出来た。
平凡だと感じたが、
逆に平凡の中に非凡が隠されている絵だった。
自分とは質の異なる風景画を描く男の登場に動揺する北斎。
そして、広重が木曽路の絵を描くと聞いた北斎は・・・
お豊という哀しい女が三度登場する。
囮
彫り師・甲吉は、
下っ引きをしていた。
病弱な妹の治療費を稼ぐためだった。
岡っ引きの徳十から仕事が来た。
人を殺して江戸から逃げた網蔵という男が
舞い戻っているようなので、
その情婦・おふみを見張れという事だった。
甲吉は、見張りを続けている内に、
おふみに特別な感情を抱くようになり、ある日・・・
5篇の短編は、
どれも暗い色調の作品ばかり。
当時の藤沢周平の心象風景だろう。
そして、どの作品にも哀しい女が登場し、
作品に豊かな色合いを加えている。
藤沢周平の描く女性像は、はかなく、美しい。
男を描いているようで、
実は女を描いている作品群だ。
ここのところ、荒れた文章の小説ばかり読んでいたので、
藤沢周平の端正ながら潤いのある文章に
心がなごんだ。
一篇ごとに本を置いて、余韻に浸る。
やはり、短編小説は、こうでなければ。
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