[書籍紹介]
第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈優秀賞〉受賞作。
筆者の浅野皓生は、
東京大学法学部在学中の現役大学生。
雪の深夜の当直中、
警視庁捜査一課の刑事・松野徹は
不審車両に遭遇し職務質問する。
運転手の青年・藤池光彦は
右手に血痕があり、何か訳がありそう。
同僚の刑事が照会すると、
強盗の前科があると分かった。
と、光彦は車を急発進、
徹たちは追跡するが
車は交差点に突っ込み、
通りかかった車と衝突。
光彦の車は炎上し、
相手の車も家族四人が死亡する大惨事となった。
無理な追跡ではなかったかと警察への批判が強まりかけた時、
光彦が事故直前に強盗致傷事件を起こしていたと判明、
一転、非難は光彦の遺族に集中した。
状況証拠は光彦の犯行は間違いないが、
ただ、物的証拠がない。
捜査は暗礁に乗り上げ、
警察は神経質になる。
そんな時、目撃者が現れた。
強盗された家の近くの住人が、
家の前で光彦の車を見たというのだ。
決定的だったのは、
光彦の車に貼られていたキャラクターのステッカーだった。
警察は光彦の犯行と断定。
事件は収束する。
それから12年後の2022年夏、
光彦の命日(事件が起こった日)に
光彦の墓参りをしていた徹は、
光彦の父親・藤池稔に出会う。
稔は、光彦に
事件を再捜査し、
光彦の冤罪を晴らしてもらいたいと懇願する。
一旦は断った徹だったが、
個人的に捜査を開始し、
当時の関係者に面談する。
それは上司の知るところとなり、
叱責を受けるが、
徹はある証言をきっかけに、
強盗被害者と目撃者の接点を突き止め、
意外な真相が判明する。
ただ、それは公表をはばかられるものだった。
後半、別な視点で叙述される。
徹の娘の莉帆だ。
実は莉帆は、警察官になっていたのだ。
その莉帆に徹の失踪が告げられる。
徹が真相を解明した後、姿をくらましたのだ。
のみならず、徹は絞殺死体で発見される。
莉帆は光彦の遺族に会うが、
それは、過去において莉帆と遺族の接点があったことを示す。
そして、徹が解明した「真相」の背後にあった
「真実」が姿を表して来る。
という展開だが、
背景としてあるのは、徹の思い。
職務上仕方なかったとはいえ、
被疑者・光彦を死に至らしめた徹の苦悩。
光彦から目を離しさえしなければ、
追跡などしなければ、
という悔恨が強く徹を包み、
「ああなったことの責任みたいなものが
自分にもあるんじゃないか」
という思いが徹を責める。
徹の生活は悔恨で暗くなり、
結果として、妻と娘と別居という形になった。
その娘の莉帆の視線が加わることで、
徹の苦悩が一層鮮明になる。
事件の「真相」「真実」とは何だったのか。
光彦は本当に冤罪だったのか。
徹が真相解明後、何をしていたのか、
徹が殺されたのは何故なのか。
こうした謎がうまく話を引っ張り、
警察内部の様々な組織的軋轢、
刑事の家庭の実情、
加害者家族の苦悩などを散りばめて、
重層的な警察小説となる。
同じパトカーに乗っていた同僚刑事やその先輩刑事、
今の上司の女性刑事などがからみ、
会話がなかなかいい。
筆者の浅野皓生は、
インタビューで作品の着想を
次のように語っている。
大学の行政法の授業で、
「パトカー追跡事件」という有名な判例の存在を知ったことです。
パトカーが交通違反をした車を追跡していたところ、
逃げていた車が別の乗用車に衝突し、
乗っていた第三者が負傷した。
その第三者から、パトカーの追跡は違法であったとして、
国家賠償請求訴訟が提起されたんです。
実際の事案では、警察側が勝訴しました。
ただ、判決には一切出てこないんですが、
パトカーを運転していた警察官はどんな気持ちだったんだろうと、
自分の中でぐるぐると想像が始まってしまって。
そんな時に、大学の倫理学の授業で
「運と道徳」について話を聞きました。
自分が責任を感じている時、
他の人にあなたは運が悪かっただけで
責任などないと言われても、
責任を感じる気持ちは消えないですよね、と……。
その議論を「パトカー追跡事件」に関する想像と
重ね合わせていった結果、
冒頭の交通死亡事故のエピソードが生まれました。
将来は大学院に進み、弁護士をめざすという筆者。
期待の新人の登場である。
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